2014年08月23日

行動連鎖

真夏の勉強会無事に終わりました。クリッカーの概要だけでなく、実際に参加された飼い主さんの犬6頭にそれぞれ即興でクリッカーを使って行動を入れてもらったのでちょっと時間に追われる内容となってしまいました。
作成したプリントで行動連鎖について少し書いておいたのですが、ほとんど説明できなかった(終わってから説明していないのに気付いた!!)のでブログにて補足しておきます。ごめんなさい。

行動連鎖とは、複雑な行動を形成するとき、その行動を幾つかに切り分けてそれぞれ別々に教え、最終的にひとつづきの行動へと成立させていく手法です。たとえば、「おやすみ」という言葉をかけると、敷き布団の上まで行き伏せて、近くの布団をくわえ、自らの体にかけて横になって寝る。という行動を犬に教えるとします。これは、単体の学習では行動が複雑なため教えるのが難しい。そこで行動を区切ってそれぞれ教えていく方が効率的な可能性が高い。

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行動連鎖には順行連鎖(forward chaining)と逆行連鎖(backward chaining)という二つの方法があります。
順行連鎖は、前から順番に学習させる方法で、上の例なら、敷き布団の上で伏せる → 布団をくわえて首を動かす → 身体を倒して横になる(死んだふり)の順番でそれぞれの行動を別々に教えて、最後に一連の流れにする。
逆行連鎖は、最後の行動が逆再生のような順番で教えます。 身体を倒して横になる(死んだふり) → 布団をくわえて首を動かす → 敷き布団の上で伏せる、の順で行動を教えていき最後に繋げるという考え方です。
まぁ実際はもっとそれぞれの行動を細かく分けて教える必要があると思いますけど。
どっちが良いかは教える行動にもよるのでなんとも言えません。ただ自分の場合は最初と最後の行動を比較したときに覚えやすそうな行動の方から順に教えることが多いかな。あとは複雑な行動であればあるほど逆行連鎖のほうが上手くいくような印象。

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クリッカーってパピーの頃はよく使っていても段々と使うことがなくなったという方が多い気がします。
それだけ良い犬に育ったということだろうから使わないのが悪いわけじゃない。ただクリッカーは犬との会話を楽しむコミュニケーションツール。今回を機に犬に行動を教える楽しさを再確認していただけたら嬉しいですね。

posted by 安田和弘 at 20:12| Comment(2) | ドッグトレーニング

2014年08月10日

トレーニングの恩恵

昨日は久しぶりの勉強会。いつもあまり細かいことは考えずにタイトルばかり先に決めてしまうので、内容を考えるときに困るという悪い癖。今回の内容は「クリッカーを遊び倒す」
クリッカーをトレーニングに用いるとき、最初は目的を持って使う。なにか将来的に必要な教えたい行動があったり、改善したい問題行動のトレーニングで使う必要があったり。
ただクリッカーで遊ぶと考えたとき、その目的は必要に迫られたからではなく、犬とのコミュニケーションを楽しむために使うということになるわけで。

犬との暮らしをどう楽しむか、それは各々によって違うから誰かが強要するものじゃない。けど大前提は犬自身もその暮らし方を楽しめているというところ。そこが上手くいかないと暮らしのなかに歪みが生じる。というより本当の意味で楽しめていないように思う。
自分がこうしたいから、それだけじゃあ犬はついてきてくれない。

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以前ビーに段ボールを床に轢いて迷路のような道を作り、その段ボールの上からはみ出さないでスタートからゴールまで歩く。ということをシェイピングで教えたことがある。
間違いなくなんの役にも立たない!そして時間がかかる!
ただ不思議なもので、それを教えていた時期(その時期は他にも役に立たない行動をあれこれ教えてた)くらいから、明らかにビーとの関係は良くなったと感じています。
具体的に言えば呼び戻しの感度が上がったり、集中力がついたり、少し苦手なことをしても逃げなくなったり、穏やかに寝る時間が増えたりしたこと。
その恩恵を感じられた理由は共にその時間を楽しめたからだろう。
犬になにか新しい行動を教えるとき。やっぱりその時間は魅力的。犬のためだけに手間と集中力を使い、真正面から向き合う。なかなか日々の生活では作れない光景だと思う。

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本当にどうでも良いような行動だって、真剣に向き合って教えるなら、やる意味は大きい。
飼い主と楽しみを共有した時間によって築かれる信頼関係ってやっぱり大切。
これが今回の勉強会に込めた一つのメッセージかな。
それでは参加者の皆さま後編もお楽しみに!!




posted by 安田和弘 at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ドッグトレーニング

2014年07月10日

トイレの相談で思うこと

昔と違って今は家の中で犬と飼うことが当たり前になってきています。
お家で所構わず排泄をされていたら臭い、掃除の手間を考えると堪え難い。だから犬と暮らし始めたらまずトイレトレーニングは欠かせない。

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トレーニングの相談でもトイレに関するお悩みは本当に多い。ただトイレを教えること自体、本来トレーニングという言葉が適切かどうか悩むところ。
飼育環境と教え方さえハッキリしていれば、あとは根気よく淡々と同じことを繰り返すだけで大半の犬達は理解してくれる。テクニック論は特に必要ない。とっても単純な作業です。

それなのに何故トイレをなかなか覚えてくれないという相談が後を絶たないのか。
それはペット業界そのものの勘違い、それと犬に対する飼い主の誤解が根本にある気がする。

まず業界の問題点から。それは間違った知識、並びに道具の提供。
ペットショップから犬を迎えた過程の大半が「ケージ」を使用している。
ケージの大きさはマチマチだけど小型犬では90cm×60cmくらいのサイズを購入されている方が多い気がする。そのなかにレギュラーシートの大きさのトレイと、ベッドを並べる。
よく聞く話では、ケージに閉じ込めているときにはトレイの上で排泄ができるのに、部屋に離すとケージに戻らず彼方此方で排泄してしまう。もしくはケージに入れると落ち着かずにウロウロ、ギャンギャンに鳴いてしまい入れておけない。

自分はこのケージという存在がどうにも印象悪い。
犬という動物は本来、排泄場の真横で寝ない。自分たちが便所で寝るようなもの。
寝場所とトイレの空間は分かれているのが動物にとって自然。そのためケージを寝場所として認識している場合、ケージに閉じ込められているときには致し方なくトレイの上で排泄をしたとしても、普段にわざわざ自分の寝場所を汚しに行くような真似はしたくない。
その逆でケージをトイレ場として認識していれば、寝場所としての居心地が悪いため、落ち着かずに寝付きが悪くなってしまう可能性もある。
どちらに転んでも上手くいかないのがケージ。たまに問題なくトイレと寝場所をケージ内で分ける器用な犬もいるけれど。

それとケージの存在は初めて犬を飼う方にとって誤解を招く存在だと感じている。
ケージのなかにトイレとベッド、それに給水器を付けて…基本的にそこで入れっぱなしで大丈夫。お散歩も小型犬は行かなくても少し部屋で離せば運動量も足りる。そんな間違ったお手軽感を伝えるショップは少なくない。
そのため感覚的にトイレさえ置いておけば勝手に犬がそこまで行ってするもの、そんな印象を抱かせてしまっているように思う。

トイレ「トレーニング」つまりトレーニングする人間がいるから犬はトイレの場所を覚える。
だからトイレを置いて放っておくのはトレーニングではない。トイレはとにかく排泄しそうなタイミングや時間になったらトイレ場まで犬を連れていき、するまで犬から離れず見守り、排泄をしたら目一杯褒める。ひたすらその繰り返し。だから見てられないときは寝場所に入れて休ませる。本来犬は寝場所で排泄をしたくないので我慢する。なので寝場所から出したときはトイレトレーニングのチャンスというわけ。
自分の場合は寝場所としてはクレートをパピー期から使用することが多い。

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また失敗したから犬を叱るのもお勧めできません。叱ってもしてほしい場所を教えることはできないし、なにより怖いのは排泄することを叱られると思い、人の目を盗んで排泄するようになってしまう。
そうなっては見ているときにしないから褒めることもできず、目を離せば失敗と、負のスパイラルの完成となってしまう。だからトイレを叱ることは強く否定しています。
それでも大事なカーペットなどに排泄されるとイラっとしてしまう気持ちは自分にもあります。
そういう治まらない感情は…後で壁に向かって叫ぶしかないですね。

トイレに悩む方の多くが、排泄を指定の場所でしてくれないと話します。その言葉自体がトイレは教えるもの、という基本の考えから外れた発想となっているような気がする。
するもしないも犬次第ではなく、犬に寄り添い教えるからこそ「トレーニング」をしていると言えるんじゃないのかと。

そう考えるとパピーから飼うというのは時間と労力がかかること。だけどトイレを教えること自体は本来の教育には含まれていない。教育とは将来怖がりにさせない、自身を持って楽しく暮らせるようにする、嫌いなものを増やさない、そういった性格形成に関する事柄。だからトイレに関しては失敗させず成功を褒められる環境を早く整えて、教育としてのトレーニングにこそしっかり力を注いでほしい。
社会的に、仔犬育てには育児休暇はないけれど、本当はそれくらいの覚悟を持って迎えなければいけないことだと思う。
時間と多少の苦労は絶対に必要。でも愛情深く、楽しんで育てただけ、後々の愛おしさも増していくものだから。

posted by 安田和弘 at 19:37| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年06月10日

考える犬に育てる

ドッグトレーニングは大きく二つに分けて考えている。
これまでしたことのない行動を新たに教える行動形成。
既に学習してしまった行動を変える行動修正。
問題行動で依頼を受ける場合に(というかそれがほとんどですが)行動修正のトレーニングをすることが多い。
行動形成ももちろん問題行動の解決に役立つ。例えばくわえた物を離さない犬に「物を離す」という行動を新たに教えるときなど。
まぁ時々どっちがどっち?みたいなトレーニングもあるけれど。

行動形成のトレーニングは楽しい。犬がこれまでにない行動をしてくれるようになる達成感、それと犬ってこうやって学習できるんだ〜とか、うちの犬ってちゃんと向き合うとこんなに賢いんだ〜とか、オーナーさんが教育に対して新発見をしていただけることが結構あり、それがなんとも嬉しいから。
行動修正は癖を治すこと。この癖というのは犬だけでなく、オーナーさん自身の癖も踏まえての改善だから、なんとも大変なわけだけど。

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さてそんな行動形成にはクリッカーが役立つ。自分のトレーニングにおいては欠かせない道具。
クリッカーは行動修正でも使うけど、とにかく使って面白いのは行動を新しく教えるとき。

クリッカーについて過去のブログでもちょっとだけ書いたことあります。興味あるよという方はご覧下さい。
http://inthedog.sblo.jp/article/53885651.html

行動を教えるときには様々な方法があるけれど、トレーニングの楽しさと過程の重要さを感じられるのは「シェーピング」と呼ばれる方法。
教えたいと思う目標となる行動があったとき、その教えたい行動に少しでも近い行動を教えながら、少しずつ目標の行動に近づけていくというもの。
例えば「ドアを鼻で押して開ける」という行動をクリッカーで教えようとする場合。

@ドアを見る
Aドアに近づく
Bドアに鼻で触れる
Cドアを少しでも動かす
Dドアをより強く動かす
Eドアを所定の位置まで動かす

この@からの行動を一つずつ順番に教えていく。そして最終的には目的の行動にするというのがシェーピング。
めんどくさそう?いやいやこれが結構楽しいんです。

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シェーピングの魅力は犬がどうすればクリッカーを鳴らしてもらえるのか「考える」ことだと思う。
警察犬訓練所で勉強していた当時は想像もしなかった。犬がちゃんと「考える」なんて。
そうやって自発性を出していくことの恩恵は大きい。行動を教えれば教えるほど、次なにか行動を教えたときの覚えが早くなる。やればやるほど頭が柔らかくなるような感覚。
こちらが伝えたいことを上手に組みとってくれるようになる。そうやって築いた関係は後々の日常生活でも大いに役立ちます。なんと言ってもお互いの意思が伝わりやすい関係ですからね。

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だから特に生活に役立たないような、一芸のような行動だって、真面目にシェーピングしていくのなら大いに意味のある時間になる。
自分はバタバタしてしまってなかなかビーと向き合えていないとき、クリッカーを使ってなにかを教えてみる。お互いの気持ちを整える大事な時間です。
クリッカーはただカチンと音が鳴るだけの道具。それがしっかり使いこなせれば素晴らしいコミュニケーションツールになる。トレーナーとして、ただ問題解決を伝えるだけではなく、犬の可能性、犬とコミュニケーションを取る楽しさも伝えていけたらって思います。

梅雨の時期はなかなか散歩もしっかり行けませんね。そんなときはジックリ犬と語り合う時間を作ってみてはいかがでしょうか。

posted by 安田和弘 at 20:02| Comment(2) | ドッグトレーニング

2014年06月02日

犬のためにできること

このところオンラインストアやイベントの告知が続いて、ブログだけを見られるとトレーナー感が低いですね・・・。というわけで今回はちゃんとした内容のブログを!!

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昨日は愛護センターで開催された「里帰り会」のイベントをお手伝い。しつけ相談ブースを受けもっていました。いやーとんでもない暑さでしたね。季節外れな気温に人も犬もバテバテ。でも譲渡された犬達が楽しそうにイベントに参加してる光景はとても気持ち良いものでした。

色々な相談を受けましたが、やはり多いのは吠え癖。
一昔前ならきっと良い番犬なんて言われていたのに、最近の住宅事情では立派な問題行動となってしまいます。
よく無駄吠えなんて言葉が使われますが、人間から見れば無駄な行動でも、犬からすれば大した理由があったりするもの。その理由は様々だけれど、多くは警戒心や恐怖心から学習された行動のことが多い。

行動が繰り返されるわけ、そこには学習理論のメカニズムが。
行動の頻度が増える学習は大きく分けたらたったの二つだけ。

@行動した結果、その直後に良いことが起こる。
A行動した結果、その直後に嫌なものがなくなる。

@を想像するのは簡単。オスワリしたらオヤツがもらえる、呼ばれて行ったら遊んでもらえる、吠えたら誰か構ってくれる。よく言う褒めるという行為。

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そしてAは回避学習。オスワリしなければ叱られるけどオスワリすれば叱られない、ブラシは嫌いだけど咬めばブラシを止めてもらえる。
嫌な状況を回避できることを理解した場合にもその行動の頻度は増えていく。

警戒吠えしたというものはこのAによって学習されていく可能性は高い。つまり嫌な人や犬が近づいて来ても、吠えれば相手が立ち去る(嫌なものがなくなる)から吠えることを学習する、というわけです。

@Aはどちらも繰り返すほどその行動は起こりやすくなる。好ましい行動ならどんどん繰り返していった方が良いけれど、増やしたくない行動ならば、それ以上学習が進まないように流れを変えなければいけません。

じゃあどうすれば改善できるか。例えば、
@嫌いなものを嫌いじゃなくする → 嫌いじゃなければ吠える理由はない。
A吠える行動以外で回避に繋がる機会を教える → 結果的に回避ができるのなら行動は吠える以外でも良いのでは?

もちろん他にも方法はいろいろ。
@は時間がかかるけれど、長期的に見れば一番良い考え方だと思う。苦手なことが少ない方が楽しく暮らせるはずだから。
Aこれが今回メインのお話。

ブラッシングが苦手な犬の場合、それが延々と続いてしまったら、いつか我慢の限界が訪れる。
仮にその体現が咬む行動だったとき、咬んだからブラシを止めるでは、まさに先ほどの学習のサイクルに入ってしまう。だから小さな我慢で済むように短い時間で終わらせるようにした方が、我慢強く、怒らない犬に育てられるという考え。
吠える行動も同じ。その学習が起こる前に、犬の限界に気付けて対応していれば、別の回避学習を学べていたのかもしれない。
そうは言っても実際に気付くのは困難なこと。吠える、咬む行動は嫌でも気付く分かりやすい動作だけれど、ちょっとしたストレスサインにはなかなか気付けないもの。

問題行動は治すよりも予防することが絶対に大事。一度覚えてしまった行動は改善することはできても、また油断すれば戻ってしまったり時間もかかる。
だからこそストレスに強く、社会性のある犬に育てていくことが大切。
そして人間側は犬の気持ちが分かるように、行動心理を読み取る訓練をしておくことが、予防する上での重要なポイントとなる。

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でも問題が起きない限り、トレーニングへのモチベーションを持ちにくいというのが難しい。
パピー期から本咬みしたり、誰かに向って吠えかかったりする子は少ないから。今良い子だから大丈夫って思ってしまう。実際トレーニングを意識してなくても、問題行動を身につけずに成犬に育つことも多いわけで。でもそれはその犬の個性に合った育て方を意識せずとも結果的にできているからだと思うけど。

ストレス耐性や社会性を築くトレーニングの一つ一つが、人が犬にしてあげられる愛情表現であり贈り物になるのだと思うから。
どんなときも楽しそうに過ごせる犬になるように、一緒に頑張って育てていきたいですね。




posted by 安田和弘 at 19:55| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年04月27日

like a mirror

イヌとヒトとの関係。
ほんとに面白い。
それはときに愛情のカタチだったり。
教育という社会を取り巻く問題の縮図だったり。
そして自分を映す鏡だったり。

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犬は段々と飼い主に似てくる、なんて話を聞いたことある方多いのではないでしょうか?
外見も中身も。外見が似てくるというのは犬が人の表情を模倣しているという話もあれば、直観的に犬を選ぶ際、自分に似た容姿の犬を無意識に選んでいる、なんて説もある。
自分はスピリチュアル関連には全く耐性がないので、現実味の強い表現になってしまうけど。
中身はどうでしょう?

正直自分の性格に合った犬を選んでいる方は少数派だと思う。
それはきっと、そうしようと思っても出来ない販売関連のカラクリがあるからだろう。
落ち着いた犬種を迎えたいと思いペットショップへ行ったら、人懐っこく飼いやすいと説明されてジャックラッセルテリアを連れて帰ってきた・・・なんて話も結構多い。本屋で犬図鑑を見ても結局どの犬種も飼いやすい、ちょっと散歩へ行けば大丈夫といった説明ばかり。
これでは自分の性格やライフスタイルに合った犬を探すことは至難の技となってしまう。

そう考えると最初から性格が似通っている組み合わせは案外少ない。なら暮らしながら似てくるというのは?
ありえますよね。経験するライフスタイルに合わせて、行動を共にする傍ら似てくるというのもあると思う。でも本質的な部分はそこじゃない、もっと奥深いような気がしている。
似ている部分はときに表面的な部分、例えば陽気な性格のオーナーさんと過ごしていると犬も陽気になるといった他人から見ても類似を感じられるようなもの。
それと自分が思うのは内面的な、ときには人の願望、こういう性格でありたいといったものが体現されたり、他人には見せない内心の部分が現れたりすることもあると思う。
同感される方もいらっしゃるかな?ではなぜそのようなことが起こるのだろう?
色々と自分なりに思うことはある。もちろんスピリチュアル的な理由ではなく。

ただ、そのような変化が現れるのに最も影響があるのはオーナーと犬が向き合ってきた密度。
トレーニングを入れ込んできた時間、共に過ごしてきた時間、それもあると思う。
あとは心の距離、依存、そういったものが深ければ深いほど、人の持つ性質に犬が影響されていくのだと思う。人と言語コミュニケーションはしない、自分に楽しいことや辛いことがあっても「なぜ」楽しいか辛いかは分からない。
だけど人よりも空気を読むといった感受性は際立っている。だからこそ人の本質的な部分を長く暮らしながら感じとってしまうのではないだろうか。

なんだかふんわりとした話になってしまいました。
でも犬の「オーナーの本質を映しだす鏡」のような一面に自分はとても魅力と神秘さを感じる。
ちょっと時間があるときに自身の犬を見つめながらそんな事を考えてみるのも面白いかもしれません。
犬の目には自分たち人間がどのように映り、なにを感じながら暮らしているのでしょうね。

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posted by 安田和弘 at 20:50| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年04月15日

バツの悪い罰 Part3

なんだかバタバタしていて更新が遅れてしまったけれど罰についてのお話、ひとまず完結編です。

ビーを家族として迎えたのは推定1歳のとき。
当時困っていた問題行動は思い返すとたくさん。
・排泄。育った環境が悪く、寝場所とトイレの区別が付いておらず、どんなにスペースがあっても寝場所でオシッコやウンチをし、その上で寝る。
・社会化不足。他人や他犬への恐怖反応。
・距離感。呼んで来ても一定距離から先へ近づかない。
・破壊行動。とにかく色々壊されました・・・。
そして最大の思い出は留守中に冷蔵庫をどうやったか開けて、お祭り騒ぎをしていたこと。

最後のお悩みは飼い主の管理の悪さのせい。反省してます。
色々な悩みはあったけど上記の件に関しては一切罰は使っていない。使わない方が改善しやすかったため。
散歩での引っ張りやマテなどオビディエンスを教えるとき、テーブルに乗るなど家でのルール作りには罰は多少なり使っていたかな。ビーと自分の関係において、それらは結果オーライになっていると思う。

トレーニングの依頼は本当に様々で、パピーを飼っていて将来良い子に育てたいというもの(これは一番楽しいし嬉しい依頼)、問題行動に悩まされていて改善したいというもの、後は近隣から苦情が出てしまったなど緊急性のあるものなど。
前回のブログにも書いたとおり、自分は罰を使う方法を選択肢の一つとして持っているトレーナーです。なので緊急性がある場合にも、効果が期待できるならば罰的な方法をオーナーに提案させていただくこともあります。

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問題行動への依頼では、まるで機械の修理のように、文字通り問題行動を治したいと相談を受けることは多い。プロのトレーナーに頼めば魔法にかかったように一瞬で犬が良くなる、そんな風に期待をされる方も多いだろう。即効性のある変化はたしかに起こせる、代表的なそれが罰的な方法。これまで散歩中に吠え続けていた犬がその出来事を堺に吠えなくなる。オーナーとしては嬉しい変化。
ただこの変化は表面上。実際の根本的な部分が改善されることは稀で、ある期間が過ぎると反応が戻りまた吠えだしてしまうなんてことも。
罰はとにかく一時的に反応を抑制する効果しかないという事、罰を使って反応を抑制させたとしたら、その間に問題の根本を解決していかないと結果オーライには持ってきにくい。薬で言えばステロイドのようなものと考えるとイメージがつきやすいかも。
行動は毎日の暮らしのなかで少しずつ積み重なって学習されていく。それは問題行動も一緒です。だから問題を根本から治療するにはちゃんと行動と向き合って時間をかけて改善していくべき。
そのため罰が主体となった方法は得策とは言えない。主体はとにかく望ましい行動を見つける、もしくは構築し、それを延ばしていくこと。罰はサブとして、隠し味程度の扱いが望ましい。

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さて、

罰と虐待の違いはなんだろう。人間の親子関係でもニュースでそのような話は絶えない。
違いが常識的にハッキリしていれば良いけれど、人によっても違うし、第三者からではそれが躾の範疇なのか断定するのが難しいように思う。
自分のなかではその違いはハッキリしている。まず殴る蹴るといった体罰全般、これは間違いなく教育ではないと思う。あと端的に言えば、罰を受ける本人が何がイケないのか、なにが正しいのか分からないのに罰が与えられ続けること。
もしこの定義に賛同していただけるのならば、犬の場合は知らず知らずのうちにそうなってしまいがち。
自分たちがこれを止めさせたいから叱っていると思っていても、犬自身がそれを理解していないケースも多いから。それを分からせようと感情的になってしまっては更に理解から遠ざかってしまう。
そこに罰を使うことへの難しさがあると思う。
これからも自分は罰を使うことがあるだろう。だけど芯の部分はブレないように、その効果に酔いしれないように気をつけたいと思う。

教育上手が叱り上手ではない。正しい道へと上手に導いてあげられる人こそが育て上手なのだと思います。即効性のあるしつけ方に単純に答えるのではなく、なぜその行動をするのか、どうすれば意志が伝えられるかという相手を理解する気持ちにこそ力を注いでいきたい。


posted by 安田和弘 at 17:40| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年03月17日

バツの悪い罰 Part2

犬を叱るということ。前回の続きです。
「バツが悪い」とは具合や調子が悪いさま、という意味だそう。
そんななんとも歯切れの悪い叱り方をしてしまっている方は以外に多い。
罰そのものを否定する気はないけど、効果がないのに叱り続けていたり、叱ることで問題を助長させてしまうくらいなら、叱る行為なんて思い切って止めてしまったほうが良いと思う。
今回はそんな「バツの悪い罰」についてのお話。

かなり大ざっぱな説明だけど、叱ってうまくいくことはかなり限られているけれど、褒める手段では大抵のことが解決できる。叱るという手段を使うにせよ使わないにせよ、とにかく褒めるという手段がない限りは上手くいかないのがドッグトレーニング。

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褒めるというのは叱ると真逆の行為。その動物にとってポジティブな、嬉しい結果を与えることをいう。褒められることで犬はその行動を繰り返すようになる。
ここで毎度おなじみの例題、飛びつく犬のお話で考えてみましょう。

とにかく飼い主にかまってほしい仔犬がいたとします。
かまってほしくて仔犬は飼い主に飛びつく。飛びつき癖を直したい飼い主は、その行動に対して叱る。
これを繰り返すことで飛びつく問題は解決されるだろうか?
おそらく上手くいかない。なぜなら仔犬サイドの「かまってほしい」という欲求が解消されていないから。
よく起こる失敗例としては飼い主は叱っているつもりだけど、仔犬からしたら自分に注目してもらえて嬉しい感じになっているというケース。「飛びついたら遊んでもらえたゼィ!」
う〜ん、なんともバツの悪い話です。

ポイントはやっぱりどこを褒めるか。飛びつく以外の行動をちゃんと見つけて認めてあげる。
例えば座っていられたら声をかけて遊んであげるといったこと。
もちろん叱る強さが極端に強ければ(飼い主のズボンに触れたらビリビリと電流が流れた!とか?!)
おそらく飛びつかなくなるかもしれないが、弊害は大きそう。

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結局上手に褒められるかどうかが解決の分かれ目となるわけです。

でもこの飛びつき癖を直したい飼い主さんの対応は至って自然な振舞い。
犬に普段気を向けていなくても飛びつかれたらその瞬間に犬に関心がいくのは当然。
つまり悪い行為が出たときにだけ犬の行動に関心が向くが、良いおこないをしているときには無関心な状態ということになる。
そう考えると叱るよりも褒めるほうが難しいのかも。犬の良い部分に気付けるよう普段から犬の行動を観察しておかないといけないから。

さて、この例題の仔犬、飛びつきも初めから癖だったわけではなく、注目してもらえない仔犬なりの苦肉の策だったのかもしれない。もしそうなら最初から良い部分に気付いて褒めてあげていれば問題にすらなっていなかったのかもしれませんね。

ドッグトレーニングで最も大切なのはタイミングだと思っています。
だからまず犬を適切なタイミングで褒められるように人間サイドは訓練をしていないといけない。
それを端折ってしまい日々叱り方だけを模索していたら、それこそ犬がなんだか不憫に思えてしまう。

もしも罰を使って上手くいったとしても、使ったところはまだ解決へのスタートラインの手前に立ったくらい。罰を卒業して、犬の良いところをガンガン伸ばしていく。そこまで出来ていってこそトレーニングに意味が出てくるのだと思います。

また次回に続きます。


posted by 安田和弘 at 18:55| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年03月14日

バツの悪い罰 Part1

罰に関しては色々書きたいことがあるのだけど、なんとなくこれまで避けてきた。
今回は自分としては珍しくお題にしてみたら前置きだけで結構な文章量になってしまい…続きものとなりました。

罰、簡単に言うと叱ってしつける事。
罰の定義は行動の直後に与えられた刺激によってその行動が停止、もしくは軽減することを指す。
つまり叱るというのは、叱る相手にとって嫌悪的な刺激を減らしたい行動の直後に与えるということ。嫌悪的な刺激というのは、あくまで「本人にとって嫌なもの」それは個々によって変わる。
罰として使われやすい刺激は、

・体罰、殴る蹴る。
・チョークチェーンなど犬の首に痛みを与える。
・特殊な機材を用いる。(押すと柑橘系のスプレーが出る首輪や電気が流れる首輪)
・大きな音を出す。
・怒鳴り声をあげる。

などなど。体罰なんかはもってのほかだけど、犬にコラッ!と大声で言うことも罰に含まれる。
もっとも犬がそれを嫌と感じてれば(!)の話ですが。
とにかくどんなものでも犬が嫌と感じる刺激は罰となる。クリッカーの音が嫌いな犬ならばクリック音も罰になる。

業界では罰についての見解は様々あるけど気鋭なトレーナーや団体の多くはほとんど否定的な見解を示しています。まず罰がなぜ否定的に言われているか。ちょっとそれをご紹介。ちなみに自分自身もこれらの理由は全て正しいことと思っています。

・罰は行動を一時的に抑制する効果しかなく、してほしい行動は教えられない。
・罰を用いることでストレスやフラストレーションを抱える。それによって問題行動が増える。
・罰を効果的に使おうとした場合、タイミング、力加減、一貫性などが非常にシビアなため、使ったところで結果、方法として成立しないことが多い。
・罰を使って効果が出ないと人は「つい」罰の強さを増してしまう。そういった際の加減を超えた罰や罰の手法によっては虐待とも考えられる。人道的に許されない。
・そもそも、ほとんどの問題行動には罰を使わなくても良い解決策がある。よって罰は不要。


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あとは数十年前に言われていた上下関係の話。
犬には厳しくして人との関係を分からせる必要がある。とかいうもの。そんな方法が言われていた頃のしつけ本は今から見ると冗談みたいで面白い。ムチの使い方などが丁寧に書かれている。
この上下関係における罰の必要性も今は多くのトレーナーが否定的な見解を示しています。


とりあえず、自分は罰そのものは否定していないトレーナーです。というか罰というものを選択肢の一つとして持っているというのが正しい。罰を完全否定してるなら普段からブログに罰の悪口書けたんですけどね・・・。
でもメディアやネット、書籍などで罰を用いることが否定されてきている流れはとても嬉しい。
どうしても犬を飼い始めたときに飼い主さんはHow toを探して実践しようとしてしまう。そんなときに調べた情報が罰を使うものだった場合にそれが安易におこなわれるのは良くない。犬のトレーニングは好ましい行動を伸ばしていくこと。悪い状況を作らないような環境設定をすること。そういった方法こそもっと普及していってほしい。

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そう思いながらも自分が罰を使うのは矛盾しているのかも。いや使うこともあるからこそ、見ていない犬のアドバイスは絶対にしない。使うときにはその犬、飼い主さん、飼育状況、相談内容の深刻性などから判断して効果が見込めると感じたときだけ。また使ってみても結果オーライにならないならすぐに別の方法に変えています。
あくまで手法の一つとしては持っている。それだけです。
それでも選択肢として持ち続けているのは自分なりに必要と感じる状況があるから。

トレーナーによっては
罰そのものを選択肢に入れないもの。
罰を使うことを基本とするもの。
自分みたいに状況によって使うもの。
様々あります。これはトレーナーの個性だと思う。
ドッグトレーニングは人と犬、お互いの暮らしを豊かにするものでなくてはならない。だからそれを侵害するような方法は提案できないし使いたくもない。ただ、どんな方法であれ結果的に犬にも人にも良い暮らしをもたらすのならば、それはそれ。そんな風に自分は考えています。

続きは次回のブログにて!



posted by 安田和弘 at 17:45| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年02月24日

飼い主向け勉強会 Part3

2014年最初の勉強会、ラストの3回目を終えました。
今回の勉強会はドッグトレーニングで言われている一般論ではなく、個人的なトレーニング論を強調した内容でおこなってみようと考え、タイトルを決めました。
結果的には、反省点の多い構成になってしまったと感じています。
もっと各テーマを詳細に分かりやすく、そして掘り下げた内容にしたかった。
これは次回に向けての課題ですね。

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2回目はテリトリー、3回目はストレスに関してがテーマ。
それぞれトレーナーの色が出るような、人によって考えが分かれるだろうなと思う内容。
犬は言葉で自分の気持ちを伝えない。人はそれでも犬の行動を観察し、様々な結論を見出していく。
きっとこう思っているだろう。この行動にはこんな気持ちの表れだろう。
こうやって推測を繰り返す過程で考えの違いが生じてくるのは仕方ないと思う。時にはそこに楽しさを感じていたりする。

トレーナーとか一般飼い主とか、そんな肩書きを取り去って、自身が犬との暮らしで感じることを意見し話し合う。今後そんな時間も作っていけたら良いなと思う。

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参加いただいた方たちは今回も意識が高く、良い刺激をたくさん貰いました。
特に三回目であるオーナー様から出た意見「散歩は一回10km以上」発言には!!
自分自身もっとビーのストレスマネージメントができるよう努力します・・・。

そう遠くないうちにまた勉強会は企画しようと思います。ご興味ある方はまた是非ご参加下さいませ。



posted by 安田和弘 at 18:55| Comment(2) | ドッグトレーニング

2014年01月27日

新年勉強会 Part1

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勉強会の報告です。
なかなかアットホームな雰囲気でおこなうことができました。ありがとうございました!

犬との関係を見直す。これが今回のテーマ。なにを持って良い関係と言えるのかは難しいけれど、良いトレーニングの入り方というならばハッキリと説明がしやすい。実は今回、家庭犬におけるオビディエンスの必要性というのを隠れたテーマにしていた。自分の考えだとオビディエンスがちゃんと入っている=犬との良い関係、そうは思っていない。ただ良い関係を築くための補助の役割がオビディエンスなんだと思います。

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オビディエンスについての考え方はトレーナーによって様々。服従させるために必要な訓練と言う人もいれば、それそのものを不必要と考える人もいる。
自分はオビディエンスを教えることには大きな意味があると思っているけど、教えた経過によっては意味がなくなってしまうことにもどかしさを感じてもいたり。
フセを教えたりマテを教える。ご飯の前でとりあえずできるようになりました。終わり。
これじゃあ教えた意味なんてない。

ちゃんと日常生活で活かせるように、教えた行動を日々育てていく、そうしてその行動に初めて価値が生まれるのだと思う。
トレーナーは行動をまず覚えさせる所しか基本的にできない。それを扱えるように育てていけるかは日常を共に過ごす飼い主さん次第。じゃあ今よりも行動を洗練させるために、どうやって日々トレーニングをしていくべきか。それが今回の議題でした。

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2時間で伝えるには多すぎたかなと思う資料の量。ちょっと急ぎ足の内容になってしまい分かりづらく感じた方もいらっしゃるかもしれません。やっぱり脱線しながらのんびり進めていくのが自分は性に合ってます。また2回目以降は気をつけます。
さて次のテーマは自分で決めておきながら非常にまとめるのが難しい内容。
より分かりやすく、少しでもためになる2時間にできるように頑張ります。参加予定の皆様、2月9日の勉強会もよろしくお願いします!

posted by 安田和弘 at 19:15| Comment(0) | ドッグトレーニング

2013年12月28日

2013年も終わり

一年は早いもので今年ももう終わり。一年を振り返ると今年もたくさんの犬達と出会って、様々な相談を受けてきました。相談内容はいつも十人十色。同じような相談でもアプローチや解決策は全く違う。ほんとに飽きない職業です。

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その年毎に流行りの犬種や相談があって、自分のなかでもその時々でブームとなる手法や考え方みたいなものができる。今回は一年の締めくくりとして、今年トレーニングのなかで感じたことをちょっとご紹介。

今年の自分の中のキーワードは犬との信頼関係。これに尽きる。犬に信頼される関係って簡単なようで実は難しい。
以前にもブログで似たようなことを少し書いたことがあった。飼い主が呼んでも近づいてこない犬。呼ばれたらきっと悪いことをされるに違いないと、飼い主を疑ってしまう関係。これでは信頼関係がバッチリとは言い難い。
それともう一つ。これもありがちな、犬との信頼を崩しかねないケース。

「○○ちゃん良い子だねぇ〜!大丈夫だよ、すぐに終わるからね〜!」

やや高音な声で犬に話しかける。動物病院の診察台の上でよく見られる光景。実際に見ると必死に暴れる犬を飼い主なり獣医師が抑え込んでいたりする。
この診察するときに犬を動かず固定する保定。結論から言うと、自分は保定の際には基本声をかけない派。なぜ声をかけないか。犬からの信頼というのはどんなことか。ちょっと考えてみる。

まず大前提として、犬は言語によるコミュニケーションには頼らない動物。
当然大丈夫という言葉の意味は重要じゃない。犬にとって重要な情報は、その環境が普段と違うかどうか、差し迫った脅威が近くにあるか、また飼い主の様子が普段と違うかどうか、そういう情報から現在の状態が安全か危険かを判断してたりする。

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では病院での診察の場合はどうだろう。大丈夫と言われた先にも怖がりな子には救いが来ない。
大丈夫と言われたのに、その後にも怖い体験や時間が続いてしまうと、その言葉、その人の信頼は失われてしまうように思う。犬の気持ちを擬人化して代弁するなら「大丈夫って言ってたのに全然大丈夫じゃないじゃん」ってところでしょうか。
そもそも病院での治療や保定なんて大したことじゃないって印象付けたいわけだから、こっちも普段通りにしている方が違和感ないだろう。自分が犬を保定しているときは余分な力みは付けず、必要以上に声もかけない。ただ保定を終えた瞬間は声をかけ、褒めるようにしている。

犬に信頼されるためには、犬に嘘をつかない。結構大切なコツだと思う。
どうも今年はこの「信頼関係」について悩まされた。呼んでも来てくれないという相談から、攻撃性へと繋がるような大きな悩み事にまで、この部分は共通の問題点となっていることが多かった。
パピー期から段々に関係を築いていく分にはなんとでもなる。ただ成犬になってから再度信頼を勝ち取るのが厄介なところ。
改善する手段はいくらでも説明できるけど、実際日々の生活のなかで変化を出すには時間をかけないといけない。

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そのためには飼い主自身が犬との関係への理想形をしっかりイメージできるかが大切。
トレーニングを始める際にそれをまずしっかりお伝えすることに来年はもっと力を注いでいきたい。
犬がこの人が言うことには間違いはないって思えるような確かな信頼を築いていけるように。

皆様はこの1年、犬との暮らしでどのようなことを感じましたか?
色々ウンチク言いましたが、やっぱり楽しく過ごすのが一番大事。来年はもっともっと犬との暮らしを楽しめますように!
どうぞ良いお年をお迎え下さい。



posted by 安田和弘 at 18:40| Comment(0) | ドッグトレーニング

2013年11月25日

リードのあれこれ Part2

リードについてのお話後編です。
前回は散歩についてのよくある相談、引っ張り癖について触れました。文字通り、引っ張ることを癖にしてしまわないように注意が必要なわけだけど、具体的にどうするかは犬の個性によりけりなのでここでは書けません。あしからず。

今回はリードが張っている状態が犬の精神にどのような影響をもたらすか、について。
fight-or-flight (闘争か逃走か反応)についての説明は避けて通れないところ。
それは動物が持った能力で、危険と感じた状況において、逃げる(危険と距離をおく)か戦う(危険を退ける)のかを脳内で瞬時に決断すること。
当然犬にも備わっています。

リードを付けた運動を日々繰り返していれば、その状態で自由にできないことを犬自身感じているだろう。
ではそんなときに危険がせまってきたら・・・逃げようとしても逃げられない。そうなれば犬は自然と戦う選択肢を選んでしまうかも。その戦うというのが吠えることであったり、咬むであったり、大きな問題となってしまう可能性がある。

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散歩中に犬にとって苦手ななにかに遭遇したとする。それは犬によって様々で、通行人なのか、犬なのか、車とかの子も。そんなときオーナーは「つい」リードを短く持つ。そこに緊張感が生まれる。
もう逃げられないな、と思わせる緊張感。
もしも大丈夫だよと言葉で伝える余裕があるなら、まずその余分な緊張を取り去ってあげてほしい。
そんな理由から自分は散歩中になるべくリードのたるみを意識しているというわけです。

まだ散歩に行き出してまもないようなパピーなら、前述した少しの工夫で苦手意識を膨らませず済むかもしれない。
けど、なにかしら経験を積んでいる犬は簡単にはいかない。言うは易しおこなう難し。
「リードをたるませた分だけ苦手な相手に近づいていって、しまいには吠えてしまうんだけど!」
そんな指摘もされてしまいそう。
危険に立ち向かうことを学んでしまった犬ならばありえる。そうなると、リードはたるませつつ、相手には近づかせない。なんだかややこしい話になってくる。そうするためには色々なテクニック論が必要であり、自分の場合それが前編に書いた「犬に合っ方法を選ぶ」に繋がる。

リードの張りは、
遊びたい遊びたいの活発な犬からすれば自由にできない。近づきたいのに近付けない。
相手が苦手な犬としては、リードが付いているせいで逃げたいのに逃げられない。
どちらであれ強いフラストレーションを生んでしまう状況となってしまう。
普段は上手に散歩できない犬でもドッグランなどへ連れていくと以外に落ち着いているのはそのため。結局その犬はリードに邪魔されなければ本来上手に相手との距離感を築ける犬だったというわけだ。

なんだかリードの存在そのものが悪役みたいになってしまう内容だけど、日本で暮らす限りは公共の場所でノーリードにすることは条例違反であり、リードを付けて散歩させている犬や歩行者からすれば恐怖の対象。だから間違ってもリードそのものを否定しているわけではない。

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リードを付けてのお散歩でも、問題行動は予防、改善できるし、いくらでも犬にとって楽しい時間にしてあげられる方法はある。そしてなんだかアバウトな言い方だけど、リードを付けて犬と歩いているからこそ作れる絆があると、日々犬と暮らしながら感じています。
ただ使い方が間違っていると犬を悪くする可能性を秘めているのがリード。だからしっかり特性を理解して、犬にとってストレスとならない、安心できる道具にしてほしいですね。



posted by 安田和弘 at 20:12| Comment(0) | ドッグトレーニング

2013年10月16日

継続性と一貫性

犬のトレーニングで重要なことは、
継続性と一貫性。
そうだよねって思う人はきっと多いと思うけど、どれだけの人が本当に実感を持っているのだろうか。

自分のトレーニングの進め方は、それぞれ相談内容に対して必要だと思うトレーニング内容を実践し伝え、課題を出させていただく。そして次にお会いしたときにそれを確認するという流れ。

その際に自分はだいたい次お会いするまでにこれぐらいの変化があるだろうなって先の見立てをしている。予想通りの変化が実際にある場合や、残念ながら予想を外れて変化が出なかったため方針を変える場合もある。
そういったなか予想を超えて犬が変わっているという嬉しい予想外が起こっていることがある。

理由は大きく分けて二つ。
一つは提案したトレーニング方法が想像以上に当たったとき。こう言うとちょっと語弊があるかもしれない。人間で言うと、あるとき言われた一言がその人の人生に大きな変化をもたらすような、そういうタイミングやらキッカケが見事に的中した場合、アドバイスをした本人も驚くほど良い変化が表れることがある。トレーナーにとっても飼い主さんにとってもラッキーなケース。

そしてもう一つはこちらの予想以上に飼い主さんがトレーニングの反復回数を重ねていたとき。
反復の重要性はもちろんトレーニングの内容によるけど、どんな内容でも多かれ少なかれ反復をしていくことは必要。

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自分がトレーニングの中でよくおこなうのに般化トレーニングというものがある。教えた行動がどんな状況や場所でもできるようにすること。例えば自宅で教えたフセという行動を駅前だろうが来客中だろうが、いつでもどこでもできるようにする。これは犬の社会性を築く中で重要な要素の一つだと思っている。
それを成功させていくためには社会化期から様々な経験をさせておくこと、犬に無理のない刺激レベルから般化していくこと、様々な要因があるけれど、そういうものを一蹴するほどの効果があるのが圧倒的な反復回数だと思う。

トレーニングの方針がおおよそ犬の性格に合っていて、それを反復したときの効果は大きい。
ここで最初にお話しした継続性と一貫性の話に戻します。

トレーニングに必要な継続性。これがまさに反復。
これには人間のやる気が必要だけど、変な話、犬にはきっとそのやる気はない。将来良い犬に育てたいと飼い主が思っても、犬自身が「将来ボクは飼い主の期待を裏切らない良い子になるゾ」って思っているとは考えにくい。あまり根詰めて頑張ると犬は嫌気をさしてしまう。
だから犬にとっては楽しい時間になるよう、一日かけて反復を繰り返すよりも毎日コツコツと生活の中に散りばめて継続していくことが大切。

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一貫性というのは継続性を築くために必要な心構えのように思う。
トレーニングとは犬との生活の中にあるものだから、その都度こちらの対応が違えば継続性に繋がらない。
飛びつき癖は単純な良い例だけど、日々の暮らしの中で飛びつく行動に対して反応しないようにし、飛びついていないときに褒めてあげる。その態度が「一貫」していて日々「継続」されていれば犬の行動は変わる。

トレーニングには様々な考え方や方針が溢れている。よほど的外れな方針や犬にとってマイナスとなる方法でない限り、なんであれそれなりに良い結果を出すことができると思う。その方法に十分に納得して、反復回数を日々重ねてこれたのならば。

楽しくないと続かない。それは間違いない。ただトレーニング=楽しいものと必ずしも自分は思っていません。もちろん楽しいに越したことはないんですけど。
今の楽しさを重視したトレーニングよりも、将来犬との暮らしを思いっきり楽しむための今の努力。それこそが自分が伝えたいことなのだと思います。

トレーニングに通っている方にお会いしたとき、「家で頑張ったら良くなってきたでー!」とドヤ顔でお伝えされることがあります。犬が暮らしの中で魅せるドヤ顔も好きですが、飼い主さんのそのドヤ顔はたまらなく嬉しい。
だから継続性と一貫性を持ってトレーニングしてもらえるように、少しでも効率的な、よりやる気を持ってもらえるような方法をお伝えできるよう自分自身もっと精進しますね。

posted by 安田和弘 at 21:02| Comment(2) | ドッグトレーニング

2013年09月26日

犬との会話を楽しむ

犬との暮らしは宇宙人と暮らすようなものだ。
どこかの本で読んだのか、誰かから聞いたのか、なんであれこの表現は的を得ていると思う。
犬という動物は、人間とは違った身体、思考、価値観を持っている。そりゃ人間とは全く異なる生物だから当然。そんな動物と一つ屋根の下、わざわざ共に暮らしたいと言うのだからヒトってなんともチャレンジャー。不思議な生き物ですね。

犬との暮らしの中での問題行動で要求吠えという吠え方があります。
吠える目的は様々あって、他人に触ってほしくて吠えたり、他の犬と遊びたくて吠えたり、そして飼い主になにかをしてほしくて吠えたりする・・・。
飼い主を対象にした要求吠えの場合、行動が癖になるのは行動の後に起こる結果が犬にとって望ましいものであるから。そう考えるのが一般的。抱っこを飼い主にしてほしくて吠えたら抱っこしてもらえた。みたいな感じ。
なので要求しても良い結果に繋げないよう無視して下さい。なんてトレーナーはアドバイスしたりする。吠えるという行動を減らす場合はたしかに有効となる考え方。ただ今回は別にそんなHow toを書きたいわけじゃない。

このあいだ仲間の一人が要求吠えについてこう意見してくれた。
「吠えるという行動をするまで飼い主は犬の言い分に気付いてあげられなかったんですね」と。
それを聞いたとき、妙に納得してしまった。この考えって犬との暮らしでとても大事なことなんじゃないかなと。

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しつけの考え方によっては要求=ワガママ、だから犬の要求は無視しなさい。そういったことが定説みたいにある。
でも共に暮らしていれば言いたいこと、伝えたいことはいくらでもあるだろうし、それを全て要求行動と思って関心を示さなかったら、きっと相手と良い関係は築けない。人になにかをしてほしいとき犬は色々な事を試みる。犬からすれば人間が宇宙人、きっと犬は犬で試行錯誤しながら人との関係を築いているんだろう。

人が迷惑と思ってしまう可能性があるしぐさは、吠える、飛びつく、甘噛みするなど。
もし飼い主を見つめる、鼻先でつつく、扉の前で座っている、なんてしぐさだったらどうだろう?周りの人はカワイイね、賢い犬だねと思うかも。

吠える、飛びつくというのはこちらが無関心にしていても気づきやすい行動。だからつい対応してしまい、癖となる。
でも吠えるに至るまでにはきっと様々な試みが犬にはあって、ひょっとしたら人によってはそれを見逃してしまっているのかもしれない。

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このブログを書いているときもそうだけど、自分がデスクワークをしているとビーは何気なく自分のおもちゃで遊び出す。でもなんとなく目線はこっちを向いている。
自分との遊びを要求しているのかなと、仕事を中断しておもちゃを隠して探させる宝探しゲームを何度かしてあげる。何度か一緒に遊ぶと満足したように一人遊びに戻っていく。
人によっては要求に対応してしまう甘い飼い主と言うのかも。
でも自分はそんな関係に悪い気はしていない。
こういったコミュニケーションが問題になるかは、その家庭ごとのバランスの問題。模範解答はない。

人と違って言語による表現に重きは置いていない。だからその表情を、しぐさを感じ取っていくことが犬との会話になるのだと思う。
犬は人と同じ表現豊かな動物だから。ぜひ気持ちを読み取って犬との会話を楽しんでもらいたい。

posted by 安田和弘 at 18:37| Comment(6) | ドッグトレーニング

2013年08月10日

犬の順応性

世間は今日からお盆休み。犬と帰省したり、どこかへ遊びに行くという方も多いのではないでしょうか。
その犬の性格、社会性によりけりだけど、初めてのお家でも予想以上に落ち着いていた、なんて嬉しい話は多い。
犬の順応性は本当に素晴らしいもの。ただこの能力が過小評価されていたり、逆に犬にとって理不尽なほどに期待されていたりもする。今回はそんな犬の順応性について考えてみる。

順応性と聞いて最初に思い浮かぶのは「馴化」と「鋭敏化」という言葉。
動物は様々な出来事に慣れる能力を持っている。動物が見るもの聞こえるもの全ての刺激をいちいち気にしていたら…とてもじゃないが穏やかに暮らしていけない。だから自分にとって重要でないと判断された出来事には自然と慣れる働きが起こる。これが「馴化」
「鋭敏化」とはその逆で、なにかの出来事に慣れず、どんどんと気になってしまう働きが起こること。だいたいが悪い意味として捉えられることが多い。

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この時期で言えば雷の音などは分かりやすい例かもしれない。最初は音を少し気にしていたけど、次第に気にならなくなる犬もいれば、逆に雷を聞く度に苦手意識が強くなり、非常に強い恐怖反応を示す犬もいる。
つまり馴化と鋭敏化は決まったものでなく、犬によって同じ出来事でもどちらに転ぶかが違うもの。
よく同じ来客者に何度も会っているのに一向に慣れないと相談を受ける。
つまり来客者という刺激に馴化していないということになる。雷の話と一緒で一度鋭敏化された刺激は、何度出会おうが普通には慣れない。鋭敏化された刺激を馴化させるには飼い主側の工夫や努力がいる。

仔犬のうちから様々な経験を重ね、多くの刺激に馴化してきた犬のメンタリティーは強い。
多少普段と違う出来事が起ころうが冷静に対応できる。このあたりがパピーの頃からのしつけが大事という所以かな。

最近は犬と出歩ける場所は増えている。ほとんどのホームセンターが犬をカートに乗せて買い物ができたり、デパートなどでもキャリーなどに入れておけば買い物ができる。
どこかへ連れていこうと思ったときには考えてほしい。そこへ連れていくことが犬にとってプラスとなるのか。
飼い主と一緒ならどんな場所へ行っても犬は幸せか?幸せという言葉は曖昧だけど、その状況に馴化できるか、鋭敏化してしまうかで判断するなら分かりやすい。

それぞれの犬に無理ない範囲で経験を積み重ねることは大事。ときには多少の無茶も結果オーライなときもあるかもしれない。ただそのバランスが崩れないよう、犬にとってマイナスな経験にしないよう、注意する気持ちを持っておく必要があると思う。

外出先では特に犬自身に選択の余地がないことばかり。となると重要なのは飼い主の判断力ということになりますね。自分の犬がどんな状況なら楽しめるか、どの程度までのストレスを乗り越えられるか、そういった犬を見る目を普段から磨いておくことが大事。

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ぜひ様々な経験を重ねてメンタリティーの強い犬に育ててほしいと思います。
お盆休みに犬を連れてお出かけされる方。どうか犬も人も互いに楽しい思い出となりますように!

posted by 安田和弘 at 15:03| Comment(2) | ドッグトレーニング

2013年06月19日

犬と向き合う人

忙しさにかまけてブログの更新を怠けてしまってました。
なんだか時間に追われる日々は続き、今は明日愛護センターでおこなう教室の資料作りをしていたりする。
相変わらずギリギリにならないと本腰入れて仕事ができません。悪い癖ですね。

問題犬のためのしつけ方教室。結構長いこと携わらせてもらっている。どんなことをお伝えしようかと試行錯誤しながら毎回アレンジをしていっているけど、結局一番伝えたいことは変わらないな。

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犬は飼い主が変われば、変わっていくということ。
そのためには犬のことをよく知らないといけないし、変わるという確かな実感を持ちモチベーションを持って頂かなきゃいけない。常に一貫性と継続性がトレーニングには必要だから。

問題行動を解決するに当たって、まず確認しなければいけないのはその犬の心身が共に健康であるかということ。
問題行動に関連するような病気になっていないか、しっかり健康状態を知っておくこと。それと共に犬の精神面で欲求が十分満たされていることも問題行動の解決には重要になってきます。
分かりやすいのは散歩。その犬に合った運動量が十分に確保されているか。よく家でのイタズラや夜鳴きなどを相談されることがあるけど、そういった問題は欲求不満から起こる可能性をまず疑う。
外に行き、色々な景色や物に触れ合い、しっかりと臭い嗅ぎもして長い時間を歩く。それができている犬は精神面が健全だと自分は思う。

まずはそういう心身の健康面を確保するのはトレーニングにおける土台のようなもの。
その上で初めてトレーニングをしていける。

行動を変えていくため、トレーニングをするには基本的にABC分析(三項随伴性)を読み取って、それを修正していく。
随伴性とは、先行刺激(A)→行動(B)→結果(C)という流れのことをいう。例えば、
・飼い主が帰宅する(A)→犬が飼い主に飛びつく(B)→飼い主が犬をなでる(C)
犬からすれば自分が飛びつくことで飼い主が触ってくれる、だからまた飛びつくという行動をする。
そういう「学習」をする。

もし飛びつく行動を減らすなら
・飼い主が帰宅する(A)→犬が飼い主に飛びつく(B)→飼い主は犬を触らない(C)
・飼い主が犬を触っていない(A)→犬が飼い主の前で座る(B)→飼い主が犬を触る(C)
犬としては飛びついても良い結果は現れず、代わりに座れば飼い主が触ってくれる。これが続けば座るという行動を優先しておこなうようになる。

このように問題行動を解決するためには行動が起こった前後を読み解く。そういう行動の見方をお伝えするのも飼い主の接し方が変わるためには必要だと思う。

ただ実際は全ての問題が教科書的に解決していくことはない。どれだけ接し方を変えても、飼い主が日々継続してトレーニングを続けても、なかなか良い結果にたどり着けないときがある。機械じゃない生き物が相手だから、思い通りにすべてはいかない。
それでも解決を諦めず、苦労を重ねながらも犬と向き合っている方々と出会えた。これは自分自身にとって本当に貴重な財産だなって最近身に染みて感じる。そういう方々の努力が実るように力になりたい。
そして犬の教育にしっかりと向き合える、そんな人達がもっと増えていくように思いを伝えていければ。

ブログを書きつつ気付けば日にちが変わってしまいました。資料作りはやはりギリギリ・・・。
さぁ本日の教室も気合入れて頑張らないとっ!

posted by 安田和弘 at 01:07| Comment(0) | ドッグトレーニング

2013年04月29日

犬の知能指数

先日お客さんとお話していたときのこと。犬の知能についての話になりました。別に目新しいニュースというわけじゃないけど、「人間と比べて」というフレーズにどうも以前から違和感があった。


犬の知能は人間でいうと2歳ぐらい・・・よく聞く話。
話の元は2009年にカナダの動物心理学者が発表したもの。

同博士の研究チームによると、人間の子供向けに作られた言語能力のテストや簡単な算数などのテストの結果、一般的な犬は、それまで想像されていた以上に知能が発達していることがわかった。
250の単語やジェスチャー、5まで数を数えること、さらに簡単な計算が可能だという。

このニュースは瞬く間に広まりました。
また犬種別の知能指数ランキングもよく目にするようになりましたね。そのランキングでの考え方は主に訓練の入りやすさや新奇の学習への理解のスピードなどを比べて作成されています。
上位はボーダーコリー、プードル、シェパード。低い犬種はアフガンハウンド、バセンジー、ブルドッグといった犬種が選ばれています。

知能指数の研究やランキングに文句が言いたいわけではない。
ランキングも訓練の入りやすさとして納得できる点はあるし(ビーグルがワースト10に入っていたのも!?)犬の知能を人間に例えて2,3歳という、研究成果にもまぁ納得できる。
ただランキングが高い=優れている、飼い易いということではない。あくまで犬種の一定の部分のみを比べたものだということは補足したい。


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少し古い本ですが知能テストの方法が書かれています。試してみても面白いかも。


問題なのは、こういう情報を受け取った側にあると思う。
そもそも人間側の視点で知能や能力を考えるということ、家庭犬との暮らしにおいて無意味だと自分は思う。反対に犬側から人間を見れば人間の方が劣っていることは数え切れないほどある。運動能力や五感、観察力などにおいて人間は犬には及ばない。
結局比べてどうこう言うものじゃないですよね。だって別の生き物です。

問題提起に擬人化という表現が正しいかは分からないけど、知能の話を聞いて「犬って案外賢いじゃん!」なんて上から目線のように思ってしまうのがマズい気がする。その感覚で犬と暮らすと、問題行動を犬の知性のせいにしてしまったり、犬の優れた能力に足をすくわれる。

やっぱり人間から見た良し悪しを押し付けるのではなく、犬という動物の個性を尊重して育ててほしいと思う今日この頃です。
相手を知るために、分かり合うために努力をする。この能力はきっと他の動物と比べて人間のほうが遥かに優れているはずだから。

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さて世間はG.Wに突入ですが・・・今年inthedogのG.Wは定休日以外は休まず営業します。
5月2日〜5日の期間はちょっとしたSALEもおこないますよ!
皆様のご来店お待ちしております!

posted by 安田和弘 at 12:27| Comment(2) | ドッグトレーニング

2013年04月02日

呼んだら来る犬にしたい! Part3

早いものでもう4月。
こういう具体的な内容を文章で伝えようとすると必然的に長くなる。反省。
とりあえず書きかけた記事なので最後まで!

Part2では「聞き流す」ことへの注意点を書きました。
言葉の無駄打ちになってしまわないよう日々気をつける。分かっていても難しいものです。
犬との世間話はいくらでもお話してもらって良い。自分もよく犬と喋ってます。むしろ聞き流しといてほしいこととか・・・。ただ犬への指示言葉は聞き流されないようにご注意下さいね。

さて今回は褒める手段と疑われる飼い主について。

呼んで来たら褒める、この褒めるというのが実に深い。
ただオヤツをあげて・・・だけでは片手落ちになる。
食べ物よりも優先したい出来事があればそちらを犬は優先してしまうから。
犬の損得勘定ははっきりしている。
褒める事、それはその時犬がしてほしいことをしてあげること。そんな風に考えています。

お散歩へ行けると興奮している犬に対して、呼んで来れたらオヤツをあげる。もちろんそれはそれで嬉しいのだろうけど。その時一番嬉しいことは「外へ行けること」だろう。
だったら呼んで来れたら外へ出してあげる。これがその場ではベストな選択かな。

考えでは分かっていても、その流れを犬にどう伝えるかが問題になります。
そうしているつもりでも相手に伝わっていなければ意味がありません。なにせ言葉が通じない世界ですからね。
そういう実践的な部分は是非ご相談頂けるとありがたい。

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時には匂いを嗅ぐことだって褒めることになる。


とにかく褒めることの考えの枠を広げていくと、より呼び戻しに成果が出ます。オヤツに頼りすぎた練習はオヤツがないと来てくれない・・・なんて残念な学習になってしまいがちです。ご参考まで。

それと犬に疑われる飼い主について。
これも結構ありがちな話ですが。
犬をケージに閉まいたいから呼んで来たらケージに閉まっていた。それを繰り返しているうちにケージに入れられるのが嫌で呼んでも来なくなる。
捕まらないのは困るので今度はオヤツを手に持って誘惑作戦。オヤツを食べに来た隙に捕まえてケージへ閉まう。今度はそれを繰り返していると、ついにはオヤツを見せても「今度は騙されないゾ!」と言わんばかりに飼い主を疑って近づいて来なくなってしまった・・・。

こうなってしまうと犬との信頼関係という言葉も怪しくなってきますね。
日々の生活に嬉しくないイベントはたくさんあります。
犬によってそれは変わりますが、爪切りやブラッシング、ケージやクレートに閉まう、抱っこされる、等々。
改善策も本当にたくさんあり、書ききれたものではありません。
これも参考までにちょっと紹介。

@良いこと→嫌な事
ではなく
嫌なこと→良い事
の流れになるように気をつける。

Aそもそも嫌な事自体を嫌と思われないように慣らす。

@はすごく大事。先ほど書いた褒める手段の話とも重なりますが。
散歩は大好き。けどブラシがあまり好きじゃない犬に
散歩へ行った後ブラシをするよりも、
ブラシをした後にすぐ散歩へ行く方が良いという考え方です。

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プレマックの原理という学習があります。
「好きな行動・自発的な行動」を後回しにして「あまり好きじゃない行動・自発的におこりにくい行動」を先にさせることで、「好きじゃない行動」を望んでおこなうようになる可能性が高まるというもの。

人間の子供の話でよくあるのは、頑張って宿題をしたら、外へ遊びに行っても良いというもの。
もし逆で外へ遊びに行った後に宿題をしようとしても、宿題の後に楽しみがないからモチベーションは上がりにくい。これは犬にも言えること。

おこなう順序を気をつけることって結構大切です。
ただ注意点としては嫌な度合いが高く、嬉しい度合いが小さい場合はこの学習は成立しません。

あとはAのように不慣れで苦手な出来事は、できる限り嫌の程度を軽くしてあげるように日々慣らす努力をすること。これが本来しっかりできていれば言うことない。
完璧とまでもいかなくても出来る限りは気をつけてあげたい。

今回書いたことはなにも「呼び戻し」に限ったことではない。犬と楽しく暮らすためのちょっとしたコツとして参考になれば。
まぁとりあえず犬が悪いことしたから呼んで説教する、なんて方法が減れば嬉しく思います。

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理屈は分かっても実践するのが難しいのがドッグトレーニングの世界ですが、まずは犬へ正しい判断、知識を持っておかないと出来ることもできないですよね。

飼い主さん向け勉強会も少しずつですが今後の方針が固まってきています。
情報を発信、共有していけるように、今年度も色々企画していきます!

posted by 安田和弘 at 15:32| Comment(4) | ドッグトレーニング

2013年03月18日

呼んだら来る犬にしたい! Part2

前回の記事の続きです。
Part1では呼んでも犬が来ない原因についてを説明しました。
今回は解決策についての概要です。

呼んでも来ない犬の理由は様々です。今回に当てはまらない理由もたくさんあります。
あくまで参考程度にとご覧くださいね。


前回@〜Bと問題点を書きました。
ポイントは、どう日常でこちらに来てほしい状況を、犬にとって好ましい(嬉しい)状況に変えていくか。
言葉を聞き流されずにこちらに注目させれるか。
このあたりを整理して接することができれば解決の糸口になるはず。

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まず聞き流してしまうということに関して。
動物の学習理論の中に「無関係性の学習」という現象があります。
これは「馴化」と呼ばれる学習と非常に近い。
今回はどちらも同じようなものとして説明します。

動物が生きていくためには重要な刺激(食べ物の在りかに繋がる匂い、近づくと危険が及ぶ動物など)と、重要でない刺激(虫の鳴き声や草木が風で揺れることなど)
この二つをハッキリ分けておく必要があります。
全ての刺激に反応していたら動物はまともに暮らしていくことができません。
例えば多くの犬はテレビの音を聞いても自分には関わりがないことを学習しています。いちいちテレビの中の音には反応しない。
このように自分にとってその刺激は関わりがないことと学習することを「無関係性の学習」といいます。
基本的にこれは無意識に学習されます。人間だって大通りを走る車の音は無意識に聞き流して歩いていますよね。

犬との暮らしの場合、この学習が嬉しいケースは多々ある。
こちらがトイレに行こうと立ち上がる毎にお散歩へ行くのかな!って毎度毎度大喜びされたら大変です。
犬は観察力が高い動物。犬達は暮らしの中で飼い主がトイレへ行くことが、自分にとって重要な出来事ではないと理解していきます。
チャイムの音にも無関係性の学習をしてくれると嬉しいけど、なかなか望むようにはいきませんね。多くの飼い主がチャイムの音に過敏に反応する犬に悩まされています。

さて「おいで」と犬を呼ぶ事、これが無関係性の学習されてしまうと呼んでも反応しない犬になってしまう。そうならないためには「おいで」と呼ぶことはあなたにとって嬉しい事が始まる合図だよ。って意識的に教えていくことが大切。

そして無関係性の学習をされないためには、呼んでも反応しなさそうなときには声をかけないこと。
このルールを飼い主が意識できるかが呼び戻しを覚えさせるためには非常に重要になってきます。

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※パピー同士が仲良く遊んでいます。こんなときオイデを連呼してしまうと・・・


お客さんが来たときにも呼んだら戻ってくる犬にしたい。もしそれが目標であれば、まずは練習から。
いきなり実践しようとしたら、きっと言葉を聞き流すだけで終わってしまう。
日常で簡単な状況から呼んで来れたら褒めることを継続的に続けて、難しい状況ではあえて呼ばない。
そうすれば結果的に「おいで」と呼ばれることの優先順位が犬の中で少しずつ上昇していく。

千里の道も一歩から。目標に向かって少しずつ。これが練習の秘訣。
いつ呼んだら来てくれるか、これを見極められるかがトレーニングの最初のポイントですね。

う〜ん、二回完結のつもりがかなりの長文になってしまった。次こそ完結編(予定)Part3へ続く!!


posted by 安田和弘 at 14:50| Comment(4) | ドッグトレーニング