2015年12月18日

食べ物をつかうということ 後編

食べ物を使ったトレーニングについてのお話。今回は後編です。
前編では食べ物を使ったトレーニングの有効性についてを少し書きました。今回は食べ物を使ったトレーニングでおこりうるデメリットについてのお話です。

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我ながらトレーニングで食べ物を使いすぎているかな?と思うときはある。それはきっと前回にも書いたとおり、数ある報酬のなかで食べ物というツールはとにかく使い勝手が良いためだろう。社会化をするときだって闇雲に他人に触ってもらうよりも食べ物を与えながらのふれあってもらった方が印象は良くなりやすい。ブラシやハウスに入れる、そういう日常で嫌がられそうな事柄も食べ物を関与させておいた方がベターだ。自分は犬に新しい行動を教えるときにクリッカーを使うけど、このトレーニングも食べ物は外せない。
では食べ物を用いたトレーニングの問題点となんだろう?

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一つはその存在感。
例えば食べ物を持って犬を呼び、来たらご褒美をあげる。一見呼び戻しのトレーニングになっているようだけど、犬目線では「食べ物を持っている」というのが呼ばれたら行くかどうかの条件に含まれたハンドリングになっている。
飼い主が呼んだから喜んで来る、それを教えるつもりが、食べ物があるときだけは呼ばれたら行く、そんな風に予期せぬ理解をされていたら・・・まさしく食べ物で釣っているだけ。
使い方を気をつけないと食べ物は存在感が大きすぎるために伝わり方の方向性がズレてしまう。とは言っても少しの工夫で修正できるので飼い主さんの工夫次第の問題でもある。

そして自分が思う大きな問題とは褒めベタなハンドリングになってしまうオーナーが多いということ。
犬のハンドリングを当時学んでいたとき、自分の声掛けだけで犬の尻尾を動かしたり、止めたりしてみるという練習をした。なんで?と思うかもしれないけれど、犬をコントロールするには動物に伝わる表現力を身に付けるのはとても大切なこと。具体的には飼い主の声の強弱、表情、身振りなどがそれだ。楽しそうな雰囲気を出して喜ばせられる、不機嫌な雰囲気のときにはそれを察し遠慮してもらう。言葉を用いた言語コミュニケーションではなく、犬には犬の理解の仕方があり、その伝え方が上手になると暮らしは自然とうまくいく。ただ食べ物を使うとそのコミュニケーションスキルを磨かなくても一定の効果が出るため、それらを練習する機会も後回しにされがちだと最近思う。
パピー期の刷り込みでいろんな出来事に良い印象を付けるため食べ物を使う頻度を増やしたとしても、やはりそれと別に飼い主はコミュニケーションスキルを学び、犬に伝えられるようにならないといけない。それができれば食べ物を減らしていく過程もスムーズになるだろう。

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そう、食べ物はトレーニングの経過に合わせて本来は徐々にフェードアウトさせていくのが理想。でもそれがなかなか難しい。トレーニングに飽きると徐々にではなく突然きっぱりあげなくなる方も多い。その場合にはもちろんそれまでの過程が順調だったとしても学習は振り出しの方まで戻ってしまう可能性は高いだろう。
もっと怖いのは依存。あげないと落ち着かない、あげないとその行動が消えてしまうのではないかという不安感から減らす過程に移行させられないケース。そんなのある??と思う方もいるかもしれないが攻撃性でのトレーニングの場合にはそういった不安感は感じやすいと思う。これも場合にはよるけれど、一生あげ続けても問題のない行動であれば無理に減らす必要はないと思う。(例えば散歩後にする足拭き。一日のうちにやる回数が少ない事柄のため食べ物を一生あげ続けるといっても難しいことではない)
食べ物使って何かを教えると決めたならば最初はケチケチしないでガンガン使う!その後のフェードアウトのことは犬が学習してきてから考えれば良いことだから。

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話が長くなってきてしまいました。自分のなかでの結論は、食べ物を用いたトレーニングはどの犬であれ素晴らしい成果を期待できること。ただそのためには犬の学習を使う人間が理解しておく事、そして食べ物とは違う部分で犬との関係を築く努力が重要。
疑われるのではなく信頼される飼い主になるために。自分にとってドッグトレーニングとはシンプルに言えばそんなことが目的なのかもしれません。食べ物はあくまでそのための一つの手段。上手に使いこなせるように、人は学ぶ気持ちを持ち続けなければいけませんね。

posted by 安田和弘 at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ドッグトレーニング

2015年11月19日

食べ物をつかうということ 前編

inthedogではオヤツ乃至フードはトレーニングにおいて必須な存在。inthedogお馴染みのクリッカーという道具も必ず食べ物と関連付けているし。
今回はそんな食べ物を使うトレーニングについて語ります。

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自分自身トレーニングで食べ物を使うということに抵抗感は全くない。そう思う最大の理由が犬という動物は損得勘定によって行動するものだと理解しているからだと思う。
それは人間も根本は同じ。動物は自分にとって好ましい結果に繋がる行動を繰り返し、悪い結果に繋がる行動はおこなわなくなる。それが学習の基礎であり、真理だろうと考えてます。

犬という動物はいつも人を喜ばせたい、人を癒やしたい、そんな風に脚色される。でも実際はどうだろう。
例えば災害救助犬。訓練の仕方は様々だけど自分が経験している訓練は瓦礫のセットの中に身を隠し、犬がその場所を五感を駆使し当てられたら、中から出てきて思いっきりオモチャで遊んであげるという訓練法だった。
介助犬。不自由な人を助ける素晴らしい犬。ただその訓練にはクリッカーを使う。財布を飼い主に拾ったときにはオヤツがもらえる。
そういったサービスドッグという存在は本当に素晴らしい。きっと多くの人たちが自然とそう感じるだろう。でもそれは人を助けたいという犬の気持ち??それが犬のモチベーションになると思ったら間違いだ。
素晴らしいのはどんな状況でも指示が聞けるように教えこんだトレーナー、ユーザー。なによりも難しい訓練をこなしてくれた犬の努力に対して評価をするべき。

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話がちょっと逸れたけど、食べ物という存在は家庭でのしつけにはもちろん、難しい訓練をおこなうときにも、問題行動の改善にも。犬との暮らしを築くにはかかせない物だと思う。

利点は多い。
まずは使いやすさ、手軽感。ご褒美としては食べ物以外にもオモチャ遊び、撫でる、時に匂いを嗅ぐ、リードを外して自由にできるなどたくさんある。その中でも食べ物はすぐに与えられるし、褒めることに時間がかからない。おもちゃ遊びなどは一回一回ご褒美としては時間がかかりすぎるため、使えるシチュエーションは限定されやすい。

次に様々な状況において万能であること。撫でるというご褒美はいつでもどこでも嬉しいか?時には触られることが嬉しくないときもあるだろう。食べ物は満腹でもない限り、いつでも食べれば美味しいという結果になるため、どのような状況でもご褒美としての効き目がある。

そして誰でも使えるということ。撫でることは相手によって嬉しさは変わりやすいし、おもちゃ遊びは上手い下手があり慣れていないとツマラナイと思われる。それらと比べ、食べ物はあげれば誰からでも美味しいし、知識はいるがテクニックは他ほど必要ない。
とは言ってもより効果を高めるための工夫はたくさんあるし、なによりトレーニングはタイミングが命。ただ適当にあげれば良いという訳では断じてないのでお間違えなく。

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まぁ実はここまでは前置きのようなもの。次回には食べ物を使ったトレーニングのデメリットや弊害についてを綴ります。

posted by 安田和弘 at 20:27| Comment(0) | ドッグトレーニング

2015年10月22日

犬にとってフェアな接し方を

犬との信頼関係を築く上で大きな障壁となるのは苦手なことをするときの対応。
この苦手なことって犬の個性にもよるけれど結構たくさんあります。ブラシ、耳そうじ、目やにを取る、歯を見たり触ったり歯ブラシをする、足拭き、爪切り、お風呂に入れる、首輪やリード、洋服などの道具を付ける、くわえたものを渡してもらう、寝ているところを動いてもらう、抱っこ、ハウスに入る、などなど。まだ書き出すと他にもたくさん。
こういった苦手分野の出来事を上手に受け入れてもらえるようにできるか、これが信頼関係を構築するということなんだと最近特に実感。

だけれどどこで道を誤ってしまうのか。それらの幾つか、時には全てを拒むように育ってしまう子がいる。飼い主を不信に思って近寄って来ない関係、これはなんとも悲しいもの。
距離感=信頼関係。 1年くらい前かな?そんなブログを書いたこともありましたが。
やっぱり日常でどんなときにも呼んだらちゃんと自分の所へ来てくれる関係。それこそが信頼関係。

その関係を崩しかねないハンドリングとして「騙す」という行為がある。
下記のようなこと、ついやってしまいがちという飼い主さんも多いのでは?

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ハウスに犬を入れるとき
➀オヤツをハウスに入れておいて犬が食べようと入ったら扉を閉める。
➁ハウスに入って扉を閉めてからオヤツをあげる。

この2つってつまりオヤツをいつあげるかというタイミングの違いなんだけど、ザックリ言えばオヤツを用いてハウスに入れたという所は変わりない。ただ犬から感じる印象はかなりの違いがある。

➀はネズミ捕りの原理。食べ物に釣られて入ったら・・・閉まった!閉じ込められた!って感じ。
犬の学習としては、オヤツを食べに行くという行動をしたら閉じ込められたという結果になっているため、次からは入らないように気をつけよう、って思われても不思議はありません。

➁はハウスに入れば良いことが起こることを学習している、もしくは学習させようとしている方法だ。
行動の結果としてご褒美を使っている、入れば良いことがあるんだよという流れ。
こちらの順序でオヤツをあげるには、そもそもハウスに入るという行動を理解させておかないといけないわけだけど、ハウスを使えるようにするためには、まず先に自らの意思でハウスに入るという行動を教えるのは本来当然のこと。
➀の方法はその自ら入るという行動を教えるより先に、とりあえず入れてしまおうと事を焦っているケースなんだと思う。

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似たような話は他にもたくさんある。ブラシが苦手な子なんだけど、とりあえずオヤツを見せて食べに来た瞬間に確保、そのまま一気にブラシをするっていう流れ。
そもそもブラシが苦手にならないようにどう克服させていくかが重要になるのに、ブラシをして綺麗にしたいという事を重視するとどうしても無理な方法になりがち。

そうやって犬を「騙し騙し」でやった代償は後になると気づく。呼んでも来なくなったり、道具を見せるだけで逃げるようになってしまう。終いにはその時オヤツを見せても食べにすら来なくなる。
犬の気持ちを声にするなら、「あのオヤツを食べに行ったら嫌なことされるに違いない!」そんな解釈になるのだろう。そしてそれをも更に無理矢理を通すと・・・犬によっては唸る、咬むという、最も避けたかった問題行動を学習してしまうことも。

苦手なものは、スモールステップで出来る限り慣らす。ハウスならまず入る行動を教え、実際に閉じ込めるときも入れるのは短時間から少しずつ。安心して待てるように教えられるかが大事。
ブラシなども同じ。騙すようにやってはいけない。一気にやろうと慌ててはいけない。
ブラシを我慢できる程度の短い時間から、犬によってはオヤツなどを併用しながらブラシをされる印象をポジティブにしていく。

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信頼関係を築くコツとは、どれだけ犬にフェアな接し方をしてあげれるか、だと思う。
疑心や不信感のある接し方で貯まっていく負の感情はまるで借金のよう。一度貯めてしまうと簡単には返済できない。将来のためには嬉しい感情を貯金していくことが大事。
目先の融通に囚われず、犬が気持ちよく暮らせる関係を築いてほしいですね。

posted by 安田和弘 at 20:11| Comment(0) | ドッグトレーニング

2015年09月15日

思いやりのある人が好きです。

毎度恒例のように忙しさに流されてブログを更新せず、気づけば秋〜。わんこライフには最高の季節ですね。

久々のブログでは犬同士の触れ合いについてのお話。
トレーナーとしては正しいボディランゲージや飼い主がどのタイミングで介入するべきか、またリードのコントロールのテクニックなどを内容にしたいところ。ただ今回のお話は自分の犬の行動を相手側の気持ちになって考えてみる、という内容。

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「○○ちゃん、一度バシっと怒ってやって下さい、そうすればうちの犬も悪いことを学ぶから」
これまでに何度も飼い主さんから聞いた言葉。

他犬に対して感情のコントロールができていない犬やパピーの場合、どうしても相手の犬に対してしつこい振る舞いをしてしまうことが多い。顔周りを長時間嗅ごうとしたり、追いかけ続けたり、マウント動作をしようとしたり・・・。
犬には教育的指導のような一喝する行動がある。社会性のある犬からのその一喝は、時に力加減を学ぶ良い機会になる。だからそれを期待するって事は確かに間違いじゃないのかもしれない。
でも自分は飼い主のその言葉を聞くとどうにも違和感を感じてしまう。

行動には常に学習の原理がついて回る。
負の強化。ある行動の直後に不快であった刺激がなくなると、その行動の頻度は今後高まる。

つまり相手の犬の振る舞いが嫌だから怒るという行動をした犬は、怒ることで嫌な状況を回避できることを学習しているというわけ。どうであれ怒るという行動の頻度は高くなってしまう。
しつこくする行動を相手の犬にさせるというのは、相手の犬にとっては不快な思いをさせるというだけでなく、怒るという癖になってほしくない行動を学習させてしまうという二重の悪影響が起こる。
だから自分としては「一度怒ってやってください」という言葉は相手の家族と犬にとって失礼なことだろうと思う。

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大切なのはトラブルを起こさせないということ。そのために飼い主は自身の犬だけじゃない、相手の犬のボディランゲージも読み、怒る行動が出る前に止める術を身に着けなければいけない。その努力をせずに他力本願で学習をさせるというのはやっぱりおかしい。犬の教育は飼い主が学んで犬とともに変化をしていく、その過程が重要なんだと思う。
これからの季節は犬とアクティブに過ごす方も多いはず。ちょとした他犬とのふれあい時に相手の犬の気持ちを考える、そんな思いやりに溢れた方が増えていくとうれしいですね。


posted by 安田和弘 at 20:04| Comment(0) | ドッグトレーニング

2015年08月14日

間をとる

世間はお盆休み真っただ中!犬を連れて旅行や遠出をされる方も多いのでは?
外出先で犬を待たせたり留守番させるとき、誰かに犬を預けるとき、電車などの交通機関をキャリーバッグで犬と移動するとき・・・。
今回はそんな道中にも気をつけていただきたい犬と暮らしのなかでの「間」のお話。

例えば旅行先で犬と車で移動をし宿についたとき。犬を部屋に置いて食事に行くとします。
そのときにどのタイミングで犬を置いて部屋から出るか。
犬の性格によって様々なので一慨に正解があるわけではないけど、きっと動物感覚の優れた方ならば犬が環境に馴染むまで外出を控えて待ち、落ち着いた頃合いを見てから出かけようとすると思う。

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同じような話で、犬を自宅で留守させているときに、たまたま犬の様子を見に一時帰宅したとします。
犬を不安にさせないようにと考えれば帰宅した際には最低でも何十分か共に過ごし、犬の情緒が落ち着いたときに再び外出をするはず。もし帰宅して一瞬だけ可愛がりまた出かける、なんてことをしたら犬にとっては不安や寂しさが増してしまうと思うから。

そういう時間のかけ方はきっと犬と暮らしていない人にはピンとこないのかもしれない。この間も友人の家にビーを連れていったとき、すぐに皆でご飯を食べに行こうと話になった。友人はビーを早々にクレートに入れて出かけようと言うけれど、自分としては一旦部屋でしばらく自由にさせて落ち着いてから出かけたいなと思う。
犬にとっては同じ留守番だとしても、生活習慣になったタイミングの留守番は上手にこなせるけれど、経験にないようなタイミングの留守番には不安を感じてしまうことも。だからこそ慌ただしさを作らないための「間」が大切になる。そういう犬目線での思考ができているよという方は、動物の気持ちになって物事を捉えられる力、すなわち動物感覚が磨かれているのかもしれない。

間の取り方というのはハンドリングの分野にも言えます。犬にブラシをするとき、リードをつけるとき、獣医が注射を打つとき、ちょっと怖がりな犬を呼んで触るとき、それら全てには理想的な間、というよりも雰囲気作りというものがある。またそれは別の機会にブログに書いてみようと思います。

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言葉が通じない犬という動物を人間との暮らしに順応させていくためには、やっぱりどれだけ犬目線で考えてあげられるかが大切。それはときに擬人化と紙一重。だけど同じ喜怒哀楽の感情を持つ動物なんだから、思いやりを持って接するということは別に擬人化したって構わないと自分は思います。

犬との旅は時間と気持ちに充分な余裕を持って接してあげたいですね。
どうか皆さんにとって楽しい夏の思い出が築けますように!

posted by 安田和弘 at 20:06| Comment(0) | ドッグトレーニング

2015年07月27日

8週齢規制で思うこと

動物取扱業者の適正化
(1)犬猫等販売業に係る特例の創設

犬猫等の繁殖業者による出生後56日を経過しない犬猫の販売のための引渡し(販売業者等に対するものを含む。)・展示の禁止
*なお、「56日」について、施行後3年間は「45日」と、その後別に法律で定める日までの間は「49日」と読み替える(附則第7条関係)

平成25年9月1日に改正された動物愛護法。上記はその一部分です。この8週齢規制の問題はなかなか議論がまとまらず、未だ推進派と反対派に分かれています。で、とりあえず意見をくみ取って45日になった。来年には施行後3年を迎えるため49日となり、56日にいつから変わるのか目途が立っていないのが現状。
今回はそんな8週齢規制で思う事を綴ります。なんだか結構マジメに書いてしまいましたがご興味あればお読み下さい。

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犬の教育に携わる者としてはこの8週齢規制はできるだけ速やかに、という気持ちになる。
その一番の理由は親兄弟と早期に離れさせることで、犬同士で学ぶ様々な機会を失ってしまうから。それは相手との正しいコミュニケーションの取り方であったり、ルールに従うこと、力加減の取り方や、感情の抑制。将来の性格に左右する非常に大切な時間。それを人間の都合で奪ってはいけない。動物先進国の多くは以前より8週齢規制が法律で定められいる。
早期に親元から離すことで、将来的に性格が不安定になったり攻撃性が出やすくなるというデータを公表している団体もたくさんある。たかが数日の違い…と思われる方もいるかもしれないが、この時期の心の成長は1週間で例えると人の子1年間くらいの密度があると思う。
でも販売業者としては、できるだけ小さく可愛いうちから販売をしたい。それは商売としてだけの感覚では正しいのかもしれない。そうして議論の場では当然のように意見はまとまらなくなってしまう。

改善に向けて尽力されている方々によって、日本でもきっと遅かれ早かれ8週齢規制は実現されていくと思う。じゃあ規制によって本当に今よりも性格の安定した仔犬は市場に増えていくようになるんだろうか?

個人の意見としては問題点があるように思えてならない。それは大きく分けて二つ。
まずはブリーダーサイド。8週齢まで販売をしなかったとしても、健全な8週間を過ごせないのならば意味がない。現状どれだけのブリーダーが子育ての環境に気を配っているのだろう。海外では母犬が子育てをするのに必要な広さでさえ法律で定めているような国もあるなかで、日本は具体的な決まりはなく、実際はクレートのサイズに入れられたまま子育てをさせているブリーダーも多い。少なくても自分が働いたことのあるブリーダーでは排泄物で汚れたクレートを掃除する30分以外はずっと母犬も仔犬たちもクレートに入れたままだった。母犬もそんな不健全ななかで子育てをするために育児放棄をしてしまうケースがとても多かった。

参考URL: 地球生物会議 ALIVE
http://www.alive-net.net/law/wadai/Germany2.html

そして8週齢までの期間は母犬と兄弟にまかせっきりにしているだけでは良い子育てとは言えない。
その子の成長に合わせて人間も手をかけていく。ある一定の時期からは特に人間に触られることや、抱っこなど身体を拘束されること、それらを好きにできるキッカケを作っていく刷り込みをしていかなければいけない。

結局ブリーダーの質が高まらなければ、8週齢の規制ができたとしても仔犬の将来に影響を与えられるほどの大きな変化は出せないように思える。
もちろん、意識の高いブリーダーの方からすれば失礼な話だけど。そもそもそういったブリーダーは法改正以前より当然のように8週齢まで母犬と過ごさせているだろう。

もう一つの問題は消費者、すなわち仔犬を迎える飼い主サイド。
海外で8週齢規制があるのにはもう一つ大きな理由がある。それは8週齢からは兄弟で集団生活をするよりも、一頭に時間をかけて教育していった方が良い時期だから。だから個人の宅で犬を迎えてしっかりと社会化をしながら人間社会のルールを教えていくことが重要。
それなのに仔犬を迎えたのに教育を後回しにし、ペットショップのアドバイスを真に受け、ケージに長時間入れ続けたまま暮らさせるといったことで貴重な時間を不毛に過ごさせる。もしそんなことがあってはせっかくの8週齢規制の恩恵が薄まってしまう。

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もちろん法律がしっかり整備されていくことはとても素晴らしいこと。だけど販売業者のモラルと飼い主の常識、双方が一部ではなく全体で追いついていかない限り、本当に不幸な犬は減らせないと自分は思う。
犬を育てるとは、愛情を持ったブリーダーによって健全に育てられた仔犬を、飼い主が譲り受け、正しい知識によって真心を込めて教育していく。そうならなければいけない。
自分の立場で出来る事は今は限られているけれど、お店を通して出会う多くの飼い主さんたちに対して尽力していきたいと思います。

posted by 安田和弘 at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ドッグトレーニング

2015年07月10日

どこでも同じ行動ができる

6/29と7/4の二回におこなった飼い主向け勉強会。
テーマは「行動がいつでもどこでもできるように、知らなきゃいけないこと」
今回は参加者同士知り合いが多く、自分が仔犬の頃から知っている方達ばかりだったため非常にアットホームな勉強会となりました。
前半には学習の4段階。
後半には安定して行動させるにはかかせないモチベーションについてお話させていただきました。

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今回のテーマ、簡単そうで本当に難しい。家の中なら、ご飯の前なら、特定の状況でしか教えた行動ができない犬は本当に多い。それを散歩中や気が散る環境でもできるようにさせるためには、犬に分かりやすく伝えられるハンドリングスキル。学習を円滑に進められる知識、それと犬の集中力ややる気を維持させるモチベーション。それら一つ一つが満たされていなければいけない。

犬という動物は人間よりも本能的。犬種によっては特にその本能的な行動に悩まされることは多い。
狩猟本能によって動物を追いかけたくなったり、探索欲求が高まって臭い取りに固執したり、自宅内でも縄張り意識によって制御できなくなることも。
そんなときこそ普段通り行動してほしいと飼い主は思うもの。だけど本能から起こす行動のモチベーションは凄まじい。だから通常のオヤツなど目にも止まらなくなってしまう。

ここぞとばかり意地になっても成果を上げることは難しいから。パピートレーニングの頃より本能よりも理性的な判断ができるように育てること。モチベーション(ご褒美)となる対象をできる限り増やしておくこと。
あとはスモールステップで、難しい状況下でいきなり練習するのではなく、少しずつ成功を積み重ねられる環境設定をすること。説明すればするほどなかなかお手軽にできる話じゃないなと思う。

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どこでも安定して行動ができること。少し大げさだけど、自分にとってそれは飼い主と犬との関わり方が体現されたことだと思う。犬がどれだけ飼い主という存在に期待しているのか、結局それが一番大事。
飼い主の呼びかけ(指示)に反応すればいつもワクワクできるような嬉しいことが起こる。そのワクワクの中には食べ物だけでなく、遊びや運動、本能を刺激するものも含まれている。そういう期待感のある存在。

遊びを奪う。臭い取りを奪う。自由を奪う。そんなことばかりの飼い主はツマラナイ。もちろん暮らしのなかでは奪うしかないときもあるけれど…。そんなときは、今している自分の行動が犬のなにかを奪っているなと気付くことができればそのときのフォローもきっとできてくるはず。
犬にとって飼い主は奪う存在じゃなくて与える存在でいなきゃいけない。あくまで犬の好き放題に得られているということではなく、飼い主から与えられるというところがミソ。
モチベーションを高め、犬が日々ワクワクできるトレーニングを、暮らしをしてあげてほしいと思います。


posted by 安田和弘 at 19:30| Comment(2) | ドッグトレーニング

2015年06月09日

待ち続ける犬たち 後編

随分と更新が遅くなってしまいましたが・・・。
犬が人間との暮らしで待ち受ける試練、お留守番。
どんな犬でも初めて一人きりの留守番を経験するときの不安感はすごいと思う。待ち続けていれば飼い主は必ず戻ってくるから心配ないって思えるかが分かれ道。

後編では留守番を大きなストレスと感じず待っていられる犬とそうでない犬、その明暗がどこで分かれるのかというお話です。

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留守番には様々な要因が関係してくる。まず性格や犬種特性といった先天的な要因。
やはり留守番が苦手になりやすい犬種はあると思う。それはダックス、ビーグル、ピンシャーなど。あくまで経験上の話だし個体差があるから傾向としてという程度だけど。そういった問題が出やすい特性に合わせパピー期の育て方には気をつけないといけない。

なにに気をつけるか、一言で言うなら「飼い主への依存心」
ほとんどの犬達は飼い主に依存していくので、厳密に言うと良い依存心と良くない依存心がある、といった感じかも。良くない依存の仕方って?自分はまず社会化の度合いというものがあると思う。
極端飼い主以外の人間に全く慣れていない犬に育ってしまうと、犬からすれば飼い主こそが自分が安らげる唯一の対象となり強い依存心になっていく。そんな頼みの綱である飼い主がいなくなってしまうとなれば平常心ではいられなくなってしまう。自分が留守番中に吠え続けるという問題行動で出会う犬達も社会化が上手くできておらず飼い主以外には懐かない犬が多いように思う。

また社会化期の頃から、サークルやクレートなどの不自由にされる環境に慣れているかどうかも重要な点。
飼い始めた頃には夜寝るときサークルに入れて寝かせようとしたけれど、鳴き続けるのが心配で早々に一緒に寝るようになったという家庭は結構多い。そんな経緯で小さな頃から飼い主のところへ行けない距離感に慣れなかった犬たちもまた将来的に留守番が苦手になっていく可能性がある。
そんな不自由に適応できた方が留守番へのストレス耐性は見につけられるような気がする。だからパピー期の頃から短時間でも留守番をする習慣はあった方が良い。

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いつも思っていることだけど、せっかく犬を家族として暮らしているんだから普段飼い主が在宅しているときだけでなく、留守番や就寝時も基本的にはサークルやクレートは使わずフリーで生活してほしい。
ただ先に書いたようにサークルやクレートを使えるけど使っていないのか、吠える暴れるといった事情で使えないから使っていないのか。同じフリーでも大きく意味が違うと思う。将来的に使わなくなるのは構わないけど、やはり飼い始めの頃にそれらに入れられても不安にならず安心して寝られる経験をさせておくことは大切なこと。
一人きりは可哀そう、閉じ込めるのは可哀そう、そんな犬思いの気持ちが結果的に留守番を大きなストレスと感じてしまう犬に育ててしまうのかも。パピー期の頃に閉じ込められるのが苦手な犬が大人になって突然平気になるとは思えない。苦手だからこそ仔犬のうちに性格に合わせたトレーニングで克服させるべき。

留守番の事だけじゃない。ストレスは回避ばかりするのではなく、適度に与えて乗り越えられるように育ててあげる。それが人間との暮らしが苦にならないようにするための秘訣だと自分は思います。

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最後に留守番を不安と思わないでいられるのはどんな暮らしの犬か。
これも語ると長くなる。飼い主との依存心以外でざっくり言えば、欲求が良く満たされた犬、あとは多頭飼いの犬(これは当然だけど、そのためだけにもう一頭飼うというのは論外)
欲求を満たすというのはどんな問題行動の解決においてもポイントになりますね。留守番も、もう起き上がるのが面倒なくらいに散歩へ行き一緒に遊んであげられること!それも大人しく留守番をするための秘訣です。
朝は忙しいから散歩へは行けない?いやいや留守の間待ち続けてくれる犬へのせめてもの贈り物こそが運動だと思います。留守番の問題行動で悩んでいてお散歩行けてないよという方、まずはそこから!


posted by 安田和弘 at 19:57| Comment(0) | ドッグトレーニング

2015年05月15日

待ち続ける犬たち 前編

この仕事をしていると本当に様々な相談を受けるけど、特に大変な相談の一つとして留守番中の吠えをなんとかしたいという内容がある。市内では集合住宅で犬と暮らす方が増えているため、犬の鳴き声というのは大きな問題となりやすい。そのなかには近隣から苦情が出たという切迫した相談も少なくない。

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留守番とは、人と暮らすために犬たちに課せられた試練のようなもの。
大好きな飼い主はおらず、一人ぼっち。そして自分の意思では部屋からでられないという状況は自然に暮らしていれば本来起こり得ない状態と言える。しかし大半の犬たちはその試練をなんとか乗り越えていく。
自分の犬、ビーもそう。長い時間の留守番を日々こなしてくれている。留守番中に犬がなにをしているのか?飼い主としては皆一度は気にすることだろう。最近は便利な時代でWebカメラなんて代物を取り付けて留守中の様子をリアルタイムで確認することもできる。我が家にはカメラはないけれど、帰宅時に自分の顔を見て伸びのポーズをし、何時間もしていなかったであろう大量のオシッコをシートでするのを見るに、恐らく熟睡していたのではないかと思う。
実際に留守中やることがないから寝て待ってくれていること。これほど助かることはない。
あとある行動としては二種類。それは留守を楽しむ犬と、留守を嫌う犬。

留守を楽しむ犬。これは幼かった頃のビーが当てはまる。飼い主がいなくなるやいなや、今がチャンスとイタズラを始める。当時は置いてあった野菜を食べられたり、好みの硬さのもの(ビーの場合はプラスチック類)を噛み砕いていたり…。いかにイタズラをされない環境で出掛けるのか、犬との知恵比べの毎日だった。

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そして残る一つが留守をとことん嫌う犬たち。
これがときに苦情となってしまうケース。先に書いたイタズラとも取れる破壊行動も、こちらが理由で起こす可能性もある。不安感からの気持ちの葛藤により物を壊したり排泄をあちこちでしたり、とにかく暴れ回ることで気を紛らわそうとする。
鳴き続けるという行動もこの不安感によるものが大半。

よく行動は人からの反応による学習によって成り立つと言うが、これに関しては鳴き続けることで自分の不安を紛らわせる、内発的な動機付けにより行動が強化されてしまっているように思う。それもあってか鳴き続ける時間も犬によっては尋常ではない。
過去に4時間もの間ひたすら鳴き続けていた犬もいた。飼い主が帰宅するのは鳴き止んでからの数時間後。となると鳴いていたら飼い主が帰ってくるという学習をして吠える行動が強化されたとは言いにくい。

具体的な解決策はその犬により異なるけれど、叱るという方法では効果がないことが多い。それはタイミング云々の問題だけでなく、先ほどの話のように鳴けば飼い主が帰ってくるという単純明快な要求行動でないからだろう。

留守番をこなす犬とそうでない犬、それはどこで違ってくるのか、また次回に続きます!



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2015年04月12日

トレーニングは何歳まで?

○歳ですがトレーニングはまだ可能ですか?
お問い合わせをいただく際によく訊ねられること。どう返答して良いのか、いつもちょっと考えてしまう。
トレーニングという言葉で皆さんが想像するのはどんな内容なのだろう。
オビディエンスというスワレやフセやマテといった事柄を教えること?
それとも咬む犬が咬まなくなるとか、吠える犬が吠えなくなるとか?
前者はそれこそトレーニングやっている感は強いけれど、イコール、犬との暮らしが改善するとは限らない。
じゃあ問題行動を解決するって、そのトレーニング内容はどんな事柄を想像するのだろうか。

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トレーニングと言ってもその内容を一言で表すのは難しい。
例えば攻撃的な咬み癖の相談を受けた場合、まず咬み癖と言っても、犬が咬む行動をするにはちゃんと理由がある。
どこか触られるのが苦手なのか、過去になんらかの嫌な経験があったのか、物を守るといった犬の習性が接し方により体現されているのか。本当に理由は様々。まずオーナーと話し込んで問題の起因理由を探さなければいけない。だから「癖」という言葉は安直な感じがして不適切な気もする。行動を繰り返し学習したという意味では癖になるという言葉、間違ってはいないけれど。

また暮らし方にも注目しなければいけない。家族の接し方はその犬の性格に合ったものなのか。
散歩や外出などどれくらい日々刺激に浴びているのか、ストレス要因となっているものがどれくらいあるのか。一見関係がないようなことでも繋がりあって問題行動の要因になっているかもしれないから。

行動は学習により成り立っているというのが大きいポイント。
自覚があるないに関わらず、家族の接し方の影響を犬は強く受けている。
○歳になってもトレーニングができるかという質問は、○年間その犬と接してきた分の暮らし方をオーナー自身が変えられるかどうか?という意味にもなる。癖というのは犬だけでなく飼い主側にも言える。つまり双方の問題であることが多い。
だから犬が何歳であろうが、家族が変わることができるのであれば、犬の行動は時間はかかっても変えられる。逆に家族が変われないのであれば、犬の年齢に関わらずトレーニングはできない。

トレーニングを勧めていくとオーナーさんに「犬ではなく人の方がトレーニングされていかなきゃいけないんですね」なんて言われるときがある。人のトレーニングだなんてなんだかおこがましいけれど、結局はそういうことなんだなと思う。
人が変われば犬も変わる。それこそが家庭犬のトレーニングの根幹。
なんだか固っ苦しい感じがしてしまいますが、犬という動物を一生懸命に理解し気遣うなかで、より愛着が湧き楽しく暮らしていける。そんな関係が自分にとっての理想です。

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ビーは8歳にして初めてソフトクレートを破壊することを覚えた(飼い主の不手際ですが)
10歳になってからは後ろに下がるバック(苦手な行動でこれまで教えてなかった)を挑戦中。
何歳からでも犬は学習できる。それは時に飼い主にとっては大きな希望となり、一歩を踏み出すキッカケになるのかもしれませんね。

posted by 安田和弘 at 17:29| Comment(0) | ドッグトレーニング

2015年03月23日

出会いの数だけ

忙しさにかまけてサボっていたブログ、久々更新です。
勉強会の報告ブログもアップせずでしたが、なかなか面白い回になったと思います。参加された方が望むのなら、また続きをいつかやりたいですね。

この職業は喋ってなんぼ。だから喉のケアには気を使います。イソジンのうがいもかかせません。
そんなある日、うがいしようとイソジンを水に入れたら水が真っ黒になったので驚きました。
毒でも入ったのか!って一人驚いていたら、コップで飲んだホット飲料のなかのでんぷん成分とイソジンの主成分のヨウ素が化学反応を起こして色が変わったということが後で分かったのです。
理科が得意な人には驚くような話ではないかもしれないけれど、なんともその変化が面白くて。
ちょっと前置きが長くなりましたが、今回は人と犬とが起こす出会いの変化についてのお話。
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犬の性格と個性についての考えはこれまでにもブログで書いたことがあります。もともと陽気な子もいれば繊細な性格の子もいる。誰が育てたって、よほど間違ったことをしなければフレンドリーに育つ子もいれば、暮らし始めた頃から熱心に手をかけたのに結局怖がりに育ってしまうような子もいる。
もちろん熱心に手をかける方向性が間違っていて怖がりになってしまうこともあるけれど、やっぱり犬が持つ個性の違いは大きい。だからこそ個性を理解し、その犬にあったトレーニングをしていくことが大切。

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けれど実際に人が犬に与えられる変化とはどれくらいのものなんだろう。
誰しも犬と暮らしたら一度は考えたことあると思う。別の飼い主と暮らしていたらこの子はどんな子に育ったのだろうって。ビーをもし別の飼い主が飼っていたら・・・。きっと外見こそ変わらないが中身はまるで違ったように思う。そうだとしたら、その違いこそが人が犬に与えられる変化そのものということになるのでは。

思うように育てられなかった、今悩みを抱えている、そんな人達の方がこの思いは強いと思う。
やっぱり問題行動の大半は人の接し方と暮らしのなかで学習されていくものだから。もし別の人が飼っていたら、たしかに悩む行動は出なかったのかもしれない。
でもそれはもしもの話。良い行動も悪い行動も全て、その人と犬によって形成されてきた歴史だから。
過ぎてしまったものは変えられない。でも人によって作られた行動なら、変化をさせていくことはできると思う。
その変化を信じられなければドッグトレーナーは続けられないから。

このあいだトレーニングで、呼んでも来ない学習をしてしまった犬を変えたいという方との話を例に出してみます。
小さな頃から遊びであれ犬を追いかけ回し、苦手なブラシやリードを付けるときは毎日逃げる犬を騙し騙し捕まえてきた。そんな暮らしのなかで呼ばれたら近寄らないことをその犬は学んでしまった。
これから先をどうしていくか。まずは追いかけない、無理に捕まえない、そして騙さない。そうやって人が変わることから新しい変化は始まる。最初はその変化を犬は受け入れられないかもしれない。時間がかかっても少しずつ、その犬に通じやすい接し方と忍耐を飼い主が学び、違いを犬が学ぶまで根気よく続ける。
そうやって築き上げていった先に変化を実感できる瞬間が起こる。

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人と犬の出会いの数だけ、十人十色にできあがっていく色。
その色が何色でも、それは他には真似できないたった一つの色。より良く輝かせるために、人も犬もお互いが気楽に楽しくなるような変化を起こしていきたいものですね。

posted by 安田和弘 at 20:14| Comment(2) | ドッグトレーニング

2015年01月16日

安心と不安の分かれ道B

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昨年から書いているパピートレーニングのブログも最終章。
1回目で書いたパピートレーニングにおいて重要であろう3つ。
@社会化
A犬に自信をつける
Bオーナーが犬を様々な状況でコントロールできる

そのABについてのお話。
犬に自信をつけるとは主にメンタル面。
些細なことには動じず、ストレスに対しての耐性があり、そして怖がったり、ビックリしたとしてもその回復が早い。そういうメンタリティーを築いていくこと。それもパピー期にはかかせない内容です。
こういう内容のトレーニングって驚くほどたくさんの方法が存在している。イマイチ変化を即座に実感できないことが多いから、聞いても三日坊主で終わってしまうって方多いと思う。ただトレーニングはゲーム性が強いものも多いため、犬と一緒に遊ぶのが好きという方は続けることが苦にならない気もする。
おおまかに言うとそれはチャレンジさせて成功させること。
散歩していると犬が恐がりそうなものは色々ある。道にあるものならマンホール、側溝やグレーチング、変な置物やバタバタ揺れるのぼり旗。なにもお散歩中や目にみえるものだけとは限らない。家のなかならテレビや掃除機。それらは視覚ではなく聴覚刺激としても課題になる。
それらに出会った瞬間、苦手意識がある子は近づくことを拒むかもしれない。だけど近づいてみたり跨いだとき、それは実際には怖くない。
ほら別に大して怖いものじゃないでしょ?そんなニュアンスが通じていけば犬にとっては自信になる。
まぁどの犬にでも当てはまることではない。もともと怖がらない犬なら問題ではないし、過剰に怖がるようなら無理はさせない方が良いかも。要はその犬にとって少し頑張れば乗り越えられる程度の障害を人が上手にプロデュースできるかが重要というわけです。

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最後のBは他人から見ても分かりやすい「しつけ」という言葉らしい内容。
様々な状況でスワレやフセができたり、呼んだら飼い主の元へ来る、そして落ち着いてマテる。そういう内容。こういうものこそが躾だ!訓練だ!と重要視されてきた時代から、最近は別に教える意味なんてさほどないのでは?という考えも増えてきた。自分はこれらに時間を使うことに重きを置いているけれど。

先に書いた犬に自信をつけるという事でも、このスワレやらフセやらを一生懸命練習することもそうだけど、大事なのは何故それを教えるのか、その目的を飼い主が明確に理解できているかだと思う。
どうしても犬の世界には上下関係とかリーダーとか…そういうものを目的にしようとする方も多いんだけど、それが結局のところなんなのかイマイチよく分からない。それって目的とするには漠然としすぎているような気がする。

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もっと目的は詳細に理解しておきたい。例えば遊びで興奮しているときにフセができるようにするのは興奮状態でもコントロールできることにより犬の感情の起伏にONとOFFのスイッチを作るため。
散歩中に外の環境でもフセをさせるのは、なにかに気を取られても飼い主の方へ自然と意識を向けることができるようにするため。それは将来的に起こる様々な問題行動の予防になる。
なんのためにトレーニングをするのか。やっぱりそこがハッキリしていないと続かないし続けていても結果に繋がらない。

パピー期にさせる経験ってやっぱり特別なもの。これをさせた方が良いってことは本当にたくさんある。かといって全てが三日坊主では良い結果にならないから。数あるトレーニングから、自分の犬に必要なものを厳選し続けていくこと。
そうやって投資した時間は絶対に後の財産になるはずです。



posted by 安田和弘 at 19:41| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年12月22日

安心と不安の分かれ道A

パピートレーニングでは代名詞とも言える「社会化」
最近は犬のき○ちなどの雑誌や動物病院などからの説明などによって情報が以前よりも認知されてきたような気がする。もちろんまだまだ普及しているとは言えないし、言葉が一人歩きしている感もありますが。

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社会化を一言で言うと、生後4か月頃までの時期に様々な経験をさせること。それにより将来的に様々な環境でも恐怖反応を出さないようになる。人間社会で安心して暮らしてもらうためには社会化トレーニングはかかせない。
でも社会化なんて全然意識してこなかったけど自分の犬はフレンドリーな性格に育ったよ、という方もいるかもしれない。確かにその通りで最初から手をかけなくても高い社会性を築く子も結構多い。
だからこそ社会化は「予防」と言われるのかも。予防接種と同じでやらなくても病気にならないかもしれないけどやっておいた方が安全。社会化も同じです。
パピーの性格によって元々の性格が慎重だったり神経質な場合には、より社会化には重点を置く必要がある。
だからどれだけの人数に会わせるか、どのくらいまでの音や環境に慣らすか、そういう匙加減はその犬次第。

成犬からの社会化トレーニングももちろん変化を期待できるけれど、その場合はもう予防ではなくなっている。やはり予防としてトレーニングが出来るのがパピーの特権です。

最初に言葉が一人歩きしていると言ったのは、どうしてもトレーニングを軽視してしまう方のが多いから。
「最初の頃には抱っこ散歩もしていたから充分かな」
「外は寒いから散歩は暖かくなってからでも良いかな」
そうやって貴重な一日が犬にとっては平凡に終わっていく。

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学術的な話じゃないけど、仔犬の成長を人間に無理矢理当てはめた場合、仔犬の成長は何十倍も早い。4か月齢くらいを幼稚園児とするなら、8カ月齢では中学生くらいになっている。もし一週間仔犬を家から出さなかったら・・・人間の子供で言うと半年間くらい家に閉じこもっていたのと同じ。それって軟禁に近いんじゃないのかと思ってしまう。
まぁ無理矢理な例えなので実際は違うけれど、それくらい仔犬にとっては一日一日が貴重。寒かろうが忙しかろうが、ちゃんと経験を与え社会に浸してほしい。その予防に費やした時間こそが犬にとって将来安心して暮らしていけるための贈り物になるのだから。

また次回に続きます!

posted by 安田和弘 at 17:22| Comment(2) | ドッグトレーニング

2014年12月14日

安心と不安の分かれ道@

早いもので今年ももうすぐ終わり。一年はあっという間です。今年もたくさんの犬達と出会えた。
パピーのトレーニングにも多く関わらせていただきました。パピーを迎えたとき、将来良い子になるように頑張って育てよう!と目標を立てて成長過程を頑張ってこられた方々。イメージに近い成犬に育ったでしょうか?

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パピーの成長はめまぐるしい。よく犬の1歳は人間でいう18歳くらい。なんて話があります。
厳密に言うとやっぱり人間とは違うんだけど、それくらい犬の時の流れは速い。
おおよそ生後7、8カ月が、人間でいう思春期のような感じ。まさに気難しいお年頃。これまで吠えることのなかった犬が吠えるようになるのもだいたいこの時期です。ただ突然に犬の性質が変わってしまうということではない。この時期はそれまでの成長過程の結果発表みたいなものだと思っています。
例えば他犬のことをいつも怖がっていた子が8カ月くらいになると自分から警戒の意思を相手にぶつけるようになる。それまでの苦手な感覚が表に出てくる、みたいな感じです。

その分かれ道のときに不安定な性格にならないように予防をするのがパピートレーニング。
その個体やトレーナーによって方針はもちろん変わってくるけれど、おおまかに言えるのは三点。

@社会化
A犬に自信をつける
Bオーナーが犬を様々な状況でコントロールできる

この3つをそれぞれ掘り下げて次からのブログに書いていこうと思います。
パピーの相談ってどうしても「今」の困りごとを中心に考えてしまう方は多い。そこは仕方ないところ。
だってパピーって基本ワチャワチャしてて、甘噛みして、イタズラして、トイレも教えなければ彼方此方で失敗だらけ。将来良い子に・・・なんて言ってもまず今のヤンチャな行動をなんとかしたいって飼い主心に思ってしまうもの。もちろんそのヤンチャ事にはそれぞれ対応策を考えて、正しい接し方をしていかなければいけない。
でもどうかもっと視野を広げて、その犬の将来を考えながら育てる意味は見失わないでほしいと思います。
成犬に育ってから、もっとパピー期に頑張っておけば良かったと後悔しないようにするためにも。

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パピー期はとにかく今しかない仔犬らしさヤンチャさを楽しんで。そしてあまりヤンチャな行動が癖にならないような飼育環境のセッティングと正しい接し方を! と、ここまでが下地。
あとは将来を見据えたトレーニングにどれだけ手間と時間を注げるかがトレーニングとしての本題です。
続きはまた次のブログで!


posted by 安田和弘 at 12:58| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年12月07日

犬に癒される人

寒くなって犬の生活習慣も変わってきたという家庭も多いのではないでしょうか。
ビーは暖かい場所が好きで、ヒーターの起動音が聞こえた瞬間場所を取りにやってくる。夏場はあまり来ないベッドにも上がり布団にもぐって寝ようとする。それがまたなんとも可愛い。

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犬との過ごし方は家庭によってそれぞれあるけれど、若い頃は自由にしたくてもトイレや拾い食いなどのイタズラが原因でケージから出すことができないという話。結構多い。

まぁケージという存在の問題点は過去にも書いたことがあるので今回は置いておいて・・・。
http://inthedog.sblo.jp/article/101525697.html

犬を少しでもフリーにさせる時間を多くして暮らさせてあげたい、そういう目標を持っているのなら、それに向けてトレーニングして徐々に形にしていけば良い。本当に悲しいのはフリーにさせる予定がないという家庭。最初から最後までお散歩以外はケージに入れて飼う予定と説明されたとき、なんともいえない気持ちになる。
犬との暮らし、始めるときって皆なにを想像するんだろう。一緒でソファに寝転んでテレビを観てる?庭でボールを投げて走らせてる?一緒に散歩を楽しんでいる?ドッグスポーツに挑戦したくて?そういう断片的な憧れみたいなものから犬との暮らしを望む方は多いのかな。じゃあ可愛い存在に癒されたいと思って犬を迎えることはどうだろう?

癒しという言葉はなんだかいつも心に引っかかる感じがする。
自分は確かにビーに癒されている。ただこの癒しってビーとの思い出をたくさん積み上げて形になっていったもの。苦労もあったし、ビーに申し訳ないことをしたこともあった。でも今はお互いに暮らしを楽しめている、そう感じる。そんなビーの寝顔を見たり温もりを感じたときに癒されているなぁって心から実感できる。

メディアやペットショップなどの情報によって動物=癒しみたいなイメージを持っている方多いと思う。ただ癒されたいから犬を飼う、やっぱりちょっと違う気がする。
相手から癒されるときってまずその相手が安定して満たされているべきなんじゃないだろうか。
だからトレーニングをして、犬が人間社会で暮らすことをストレスとならないように育てる。不自由はどうしても起こるけれど、それぞれの家庭において出来る限りQOLが高められるような暮らしを築く。

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犬に癒されたいから犬を飼うのか。
犬との暮らしを楽しみたいから犬を迎えるのか。

なによりも犬との暮らしを楽しみたいって思うなら犬を家族として迎えるべき。それができた先にはきっと癒しがあると思う。まぁただの持論ですけどね。
これからクリスマスシーズン。犬をプレゼントとして考える人達もいる。信じられないけれど、その後に悲しい運命を辿る家族や犬達にはたくさん出会ってきた。
安易に犬を飼ってほしくないと思う気持ちはきっと全てのトレーナーが持っていると思う。大変なことも、生活が制限されることも、異なる種族のイヌという動物を学ばないといけないことも、それら全て受け止めて、人も犬もお互い楽しめる日々を過ごしてほしいものです。


posted by 安田和弘 at 20:04| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年11月27日

信頼できる関係

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気持ちの良い秋日和。犬と出かけるには最高の季節ですね。落ち葉の上を音を鳴らしながら歩いたり、楽しそうに走る様を見ると、やっぱり犬はのびのび育てるに限るなぁなんて思います。
今月また愛護センターにて問題犬のしつけ方教室をやらせてもらいました。
毎回なにを伝えようかと色々考えてやっているけれど、今回は動物と暮らす際に気をつけたい距離感についてを入れて話してみました。

動物と過ごすときの距離感。これ、すごい大事だと思っている。距離感=信頼関係とまで言っても良いくらい。
距離感とは、日常生活で自分から犬に近寄ることなく、常に犬から来られる関係のこと。

ビーとの暮らしにおいて、自分からビーのところへ行ってなにかをすることは本当に少ない。
散歩へ行くときも準備をして玄関へ行けば自然とやって来る。
物をくわえていても「ちょうだい」と言えば持って来る。
目薬を指すときも、たぶんそれ自体は好きじゃないけど、クッキーがもらえることが分かっているので、呼べば来て目薬が指せる。
ビーを触りたいと思ったときも呼べば自分からではなく、ビーからこちらへやって来てさわることができる。

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この何気ない日常が逆転し、悪い流れになっているケースだとどうなるか。以下は悪い例。
散歩もしくはリードを付けられるのが苦手でリードを付けたいのに犬が逃げ回り、毎回つかまえて付けるまでが大変。
物をくわえても渡してくれないので、捕まえに行かなければならず、無理矢理に追い込み取り上げる。
触ろうとすると逃げるから、寝ているときにさわる。

これらの例は全て悪化していけば攻撃性へと繋がる行為。それくらい大きな問題になりかねない。
実際今回のセンターで出会った犬達も家族に対しての攻撃性が出ている子は全て呼んでも来ないことが多く、無理矢理つかまえてしまっている経験を重ねている。

犬を呼んでも来ないときがあるとするならば、それには犬にとっては正当な理由がある。
それを無視して無理やり触ろうとしたり、追いかけて捕まえているようでは信頼関係が築けているとは言えないのでは?
犬が不安に感じているのなら安心を与えてあげたい。苦手なものならば克服させてやりたい。
そういう変化が出せてこそ犬からこちらに自然と来れる関係になれる。
どんなトレーニングをして良いのか分からないときも、まず日常で呼んでも来ない状況から考えてみるとトレーニングの内容を決める指針になるのではないかと思う。

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これが自分が思う信頼関係のカタチ。他にも色々あるけれど、生活での距離感って一番目に見えて分かりやすい事柄かな。思い当たるかも?!って感じた方、是非犬から自然に来られる関係を目指してみては?

posted by 安田和弘 at 20:46| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年11月04日

その障害を乗り越えて

犬との平穏な暮らしで、ふとした瞬間にトラブルはやってきます。
散歩をしていたら突然ノーリードの犬に襲われたり、突然の雷を聞いてしまったり。上から物が落ちてきて痛い思いをしたり。犬の性格によっては大きなトラウマとなってしまうことがあります。

少し前にもパピーの頃からトレーニングしていた犬が、散歩中に出産直後の猫に突然襲われて怪我をしてしまいました。幸いその犬は特にトラウマを抱えることはなかった。ただもし、それ以降に散歩の様子が変わってしまったとしたら、きっとそれはなんらかのトラウマを抱えてしまったというわけです。

なぜ「なんらか」と書いたか。普通は猫に襲われたんだから猫にトラウマが付いたと考えるでしょう。
そうは単純にいかないのが動物感覚。
もちろん一番反応の変化が出るのはその猫に再び出会ったら、だけど、猫に出会わなくてもその犬の行動は変わってしまった。動物の恐怖反応は人間が想像するものよりももっと感覚的です。
もし猫に襲われる際の現場に車が止まっていたら、選挙カーのアナウンスが流れていたら、そういう他の刺激も恐怖反応に含まれてしまう恐れが。そうなると止まっている車を見つけるだけでその犬は恐怖を感じ反対方向へと逃げ出すかもしれません。

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ここからがもっとややこしい。この反対方向へ逃げ出す行動をすれば、どうであれ、その犬は怖い思いをしないで済む。そうなると止まっている車を見かける度に、反対方向へ逃げようとする行動は癖になっていきます。
もちろん実際はそこに猫はいなくて車の横を通っても安全だとしても、犬の学習では反対方向に逃げる→猫に襲われずに済む→安全、の流れの方が強くなってしまう。見えない敵を怖がる犬になっていってしまうわけです。そういう回避学習というのは他の学習よりも根強いのが厄介なところ。

また人間の感覚だと日にち薬で恐怖が緩和されるような気がするかもしれない。ただ犬の場合はそれも難しい。分かりやすいのは動物病院。一度嫌な経験をすると、次に来院するのが1年後でも、嫌なの気持ちは変わってない。そしてまた嫌な経験をすれば年を重ねる毎に病院嫌いになっていく。


トラウマを改善するためには、気合いでどうこうなるものではない。そして時間が解決してくれるとも限らない。だから解決には計画性が必要。
どの刺激に対してトラウマが付いてしまっているのかをまず特定する。動物目線で!
例にあげた猫の話はまだ分かりやすいけれど、トラブルの起点となった原因がさっぱり分からないことも多い。ある日突然、なんて言われたら、その情報は参考にならない。そういうときは犬自身の行動を観察して判断する。犬なら答えを知っている。

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恐怖反応を起こすものがある程度特定できたら、
次はその刺激の一つ一つが恐怖ではないことを理解させていく。
そこはもちろん「大丈夫だよ」の言語に頼らず、ちゃんと行動して示す。
リスクが低い手段としてはやはり、その犬にとって強い恐怖反応を示さない程度から少しずつ克服させていくような方法がおこないやすい。オヤツなど好きなものを併用しても構わない。
無理をさせないで少しずつ。

うちのビーはある日ロケット花火が飛んできて身体に当たり、花火と火薬の臭いにトラウマができた。
それ以降は花火をしている公園には近寄らないようにしています。無理に治そうとせず日常過ごすに問題ないようなものなら挑まずに回避するのも一つの考え方だと思う。

安全と理解させるための方法や手順はその犬の個性によって様々。どういう方法にせよ犬が感じるトラウマはくれぐれも傷を広げないように慎重に。
そうやって犬に寄り添ってその障害を克服できたとき、犬との絆は以前にも増して深まっていると思う。
トラブルなんてないに越したことはないけれど、ピンチを乗り越えてより良い飛躍につなげていけたら、きっと結果オーライだったと思えるはずだから!


posted by 安田和弘 at 19:57| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年10月16日

犬の感

感の良い人、悪い人、そんな言い方をするならば、大抵犬は感が良い。
飼い主が驚くほどに、犬の感は冴えています。
犬用のおもちゃは「ちょうだい」と言えば必ず渡してくれるのに、落ちていた財布をイタズラしているときは、呼んでも絶対に来ない・・・。なんで人が大事にしている物って分かるのー!
とか、
普段と同じように身支度をして「散歩いこー!」と犬を呼んでも近づいて来ない。なぜバレた!?病院へ連れて行くつもりだったということに!
などという事も経験ある方多いのでは?

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犬の感の良さと、人間との違いを認めてあげないと、犬についての誤解が生まれてしまうことも。
「分かっているのに」「わざと」
「悪いと知って」「反省している」
どれも犬の本質を理解するには足かせとなってしまう言葉たち。
それよりも場に流れる雰囲気や、飼い主の表情を瞬時に読み取れるという能力から考えるほうが自分は好み。
留守番中にイタズラをしていた犬が飼い主が帰宅した途端に怯えるというケース。
・悪いと分かっていて反省している、と判断するのか。
・飼い主の表情が強張っているときには直後に叱られることが多いため、それに対しての恐怖反応と思うか。
後者の方が犬に対してフェアな感覚なんじゃないだろうか。
動物って人間が言う善だの悪だの、そういった枠の外にいる存在だと思う。そこに一つ魅力があると思うのだけど。

話は少し変わりますが、、
行動を引き起こすキッカケを学習理論の用語では弁別刺激という。
「オスワリ」と飼い主に言われる→すわる→オヤツがもらえる
という流れで言えば「オスワリと飼い主に言われる」が弁別刺激となる。
ただ、弁別刺激=言葉というわけではない。
飼い主が部屋から出るとイタズラをする犬。このイタズラをするという行動の弁別刺激は「飼い主が部屋から出る」となる。
間違いなく飼い主としては望んでもいない行動だけど、犬からすれば飼い主を観察してたどり着いた行動を起こすキッカケなわけで。
弁別刺激というのは行動を起こす合図。
最初に言った「すわる」という行動は飼い主にオスワリと言われなければ座らない。
イタズラをする犬は「飼い主がいなくならなければ」イタズラはしない。まぁこの弁別を覚える過程で「飼い主がいるときにイタズラをしたら注意された」という経験があったため、飼い主の存在そのものが弁別刺激の一部となったわけだけど。

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ちょっと複雑な話。だけど弁別刺激がなにかを知ることは問題行動の解決にはかなり大事。
その行動を起こすキッカケはなんなのか。そして行動のあとに犬にとってはどのような結果となったのか。
そうやって行動の前後をしっかり読み取れるかが行動の起因理由を知るにはかかせない。

犬の五感は人とは大きく異なり、優れた感覚を持っている。
人に聞こえないような音が聞こえたり、様々な臭いを嗅ぎ分けられる。だから行動のキッカケを探す際には人間目線では分からないことも。突然壁に向かって吠える犬、そのキッカケは人には聞こえないどこか遠くの物音なのかもしれない。
動物感覚に少しでも近づければ、もっともっと犬の気持ちが分かるようになる。

犬についての学びは続けないといけませんね。濡れ衣となるような不幸な解釈をしないようにするために!



posted by 安田和弘 at 19:33| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年09月23日

生活のなかにこそ

なかなか自分の犬に時間が作れなくって・・・

犬に向き合う時間が作れないとき、なんだか申し訳ない気持ちになります。自分の犬だってそう。
犬に使う時間、それにはどのようなものがあるのだろう。
・グルーミング全般(シャンプーしたりブラッシング、爪切りなどの手入れ)
・運動。散歩やボール投げといった犬の欲求を満たすための時間。
・そしてトレーニング。

どれもが犬と暮らすためにはかかせない時間です。特に散歩。これはまさに犬のためにかけなければいけない時間です。やっぱり散歩は長く行ければ行けるだけ良い。何日かに一回、10分だけ歩く犬と、毎日2時間歩く犬。極論ですが、はたしてどちらの犬が穏やかに育つでしょうか。
さて、このなかに書いたトレーニング。トレーニングってそもそもなんなんでしょう。
なにか新しい行動を教え形にするには、覚えるまで犬と向き合う時間と覚えた行動を癖にするための反復回数が必要です。だけど悪い行動を癖にしないことや、日常に溶け込ませること、そうゆう人との暮らし方を教えていくのには少し時間の使い方も変わってくる。

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家庭犬だからこそ、トレーニングの機会は日常のなかに潜んでいる。この自覚を持つことが大事。
例えば人が食事中にやたらと吠える犬がいるとします。この吠えるという行動を何故犬が覚えたのか。
察しが良い方は気付くかもしれないですね。そう、きっと吠えると誰かからのおこぼれがもらえるのを覚えたのでしょう。犬からすれば「人の食事中には吠える」というトレーニングの時間となっているわけです。
もともと散歩中に出会う犬にとってもフレンドリーな犬がいたします。でも年を重ねるごとに近寄ってくる犬を怖がったり、相手を見ると吠えるようになってしまった。
これは年のせいとも取ることができますが、それよりも日々の経験のなかで少しずつ苦手意識が蓄えられてしまっているとも考えられる。いつも犬に会うと激しく吠えられたり、プレッシャーと感じる近寄られ方をされたり。なんだか犬って嫌だなという感情を日々増やしていくような機会を作ってしまっているのかもしれません。

犬にとっては「今」が全て経験であり、人との関わり方を学ぶトレーニングだと思います。
必要なのは何気ない日常ををいつも犬目線の気持ちで考える習慣。その気持ちを理解するために必要な知識のひとつが「行動と結果」学習の流れを読むということ。
食事中に吠える犬、吠えたときに考えてみる。この吠えた行動に対して結果にはどんなものが繋がるだろう?
机にあった唐揚げをあげる。吠えると唐揚げがもらえる=吠えることに対して良い結果を付けてしまっている?!吠えているときはあげないようにしないと!
散歩中に出会った相手の犬が激しく吠えている。自分の犬はそれに反応して怖がりそう。
じゃあ道を変えてこれ以上吠えられないように離れてあげよう。それとオヤツでもあげようかな。犬と出会った結果がなるべく嫌な経験にならないように。

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そういう何気ない生活のなかで起こる出来事に対して自分たちがどのような対応をするのか、それによって犬の行動は少しずつでも変化していく。人が変わらないと犬も変わらない。人が変わることができれば犬も変わっていく。
きっとこれこそが家庭犬のトレーニングの根幹であり、大事なことなんだと思います。


posted by 安田和弘 at 13:22| Comment(0) | ドッグトレーニング

2014年09月09日

良くも悪くも個性

友人が飼っていたある犬種、とっても穏やかで人懐っこくとにかく可愛かった。それに憧れて同じ犬種を飼ったのに・・・。思い描いていた暮らしとは違った。念願だった犬との暮らしのはずなのに。

そういったお話をこれまで何度も聞いてきました。今回のお話はトレーナーとしていつも矛盾に思う問題。
それは問題行動に悩む方であればふと思ったことがあるかもしれません。

問題行動が作られるメカニズムは学習や経験によるものが大きい。つまり育て方。そうなるとなんらか育て方に間違いがあれば問題行動を覚えていってしまうという訳です。
ただよくよく考えると、育て方を意識してしっかりトレーニングをした飼い主さんは日本全国でどれくらいの割合なんでしょうね。それに対して問題行動で悩みを抱える飼い主さんの数、これはきっとイコールにはなりません。

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つまり、たいしてトレーニングなんて意識しないで適当に育てても問題行動を学習しない犬はいるわけです。というか結構な数いると思います。
こんな嫌な言い方をすると語弊があるかもしれませんが、
穏やかな犬、大人しく主張が少ない犬、そういった犬を飼いたいと思った時、それには「当たり外れ」がある。

「当たり」を引く可能性を高める方法もあります。それはちゃんと時間と労力をかけてリサーチしておくこと。まず犬種選び。見た目ではなく犬種特性をよく調べておくこと。もともとハイパーな系統の犬種、もともと活動的ではない犬種、様々あるなかで自身に合った犬種を選ぶこと。気をつけたいのは情報元によっては誤った知識を得てしまうということ。
またペットショップではなく、プロ意識の高いシリアスブリーダーから仔犬を迎えること。ペットショップはまさに「当たり外れ」どんな性質の犬がいるのか分からない。たまたま良い仔犬に巡り合えれば問題ありませんが、場合によっては性格や健康面で問題を抱える仔犬を迎えることになるかもしれません。だって親犬の顔すら分からない状態で犬を迎えるわけだから。
もちろんブリーダーから迎えても、全てが理想的な仔犬に巡り合うとは限りません。ブリーダーも良し悪しがありますからね。

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当たり外れなんて嫌な言葉を別に言いかえたものが「個性」。
どんな性格も特徴も、ひとつの個性。買った場所が悪かったのかもしれないけど、そもそもそこで飼わなければ、その子に巡り合うことはなかったわけで。だから他犬との比較は無意味だし、その個性に合った育て方をしていけば良い。これが自分の本心。
それにどんな犬でも問題行動を持つ可能性はあると思っている。
特になにもしなくても良い子に育った、それはなにもしないという方針がその犬に合っていたのだと思う。
なにかしらの育て方がどんな犬にもあって、それが飼い主からすれば手間なものなのか楽なものなのか。そんな違いだと思う。もしなにもしない方が良い子に育つ犬に、色々と厳しい方針の育て方をしていたら全く違った犬に育っていたのかもしれない。

ただそんなの綺麗事だと思う自分もいる。
犬種にはメディアなどの影響によって流行が起こる。これまでで大きな流行と言えばハスキー、チワワ、Mダックス、トイプードルなど。そのブームの陰に大きな問題点がある。
遺伝には性格や疾患などにも強い影響力がある。産ませれば売れる、そんな流行に便乗した繁殖屋によって犬種本来の気質が崩されていく。性格が不安定だったり、疾患を抱えていたり、そんな犬達がペットショップに並んでいるかもしれない。
それでも巡り合わせと思い、どんな子でも大事に育てていけば掛け替えのない家族となるだろう。
ただそういう事業者の勝手な事情で当たり外れのリスクを個人の家庭が背負うこと自体がおかしい。そういうショップやブリーダーは淘汰されていってほしいと思っている。

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自分のもとへ犬がやってくるとき、どんな個性を持った犬が来るのか分からない。
だから自分がその子をちゃんと育てるという覚悟、やっぱりそれが大事。
その覚悟を支えられるような役割を自分は果たしていきたいと思う。


posted by 安田和弘 at 21:43| Comment(2) | ドッグトレーニング