2019年02月17日

体罰の必要性について [倫理観]

犬のトレーニングに罰が必要かどうか。昨年のあの番組から再びちょっとした話題になっています。
日本動物福祉協会や日本獣医動物行動研究会が体罰を科学的観点から否定する声明文を出したことが発端です。
昨年もブログに自分の考えを綴りましたが、一、ドッグトレーナーとして、今回もう一度自分の意見を書いておきたいなと思った次第です。

思ったことを書いたら文章が多すぎてえらいことに。
大幅に文章を削減しまして、今回は倫理観という面で自分の考えを書きたいと思います。トレーニングの方法として体罰が必要かどうかというお話はまた別の機会に。



自分よりも弱い生き物に過剰な肉体的苦痛、精神的苦痛を与えることは悪い事。
これって人類共通の常識なのではないのでしょうか?

もし自分の前で犬を思い切りに蹴り飛ばしている人を見かけたら、それを虐待だと批判するのは人として当然。
だけどもし、相手がこれは虐待ではない、しつけです。
そう言ったとしたら?

さらに犬を蹴る理由が、特別なものであった場合はどうだろう。
例えば、過去に通行人を咬みついたことがあり、次に咬むようなことがあれば犬を手放そうと家族で話している。だから通行人に近づこうとしたら厳しく叱っている。蹴り飛ばす理由がはっきりしているので、必要な教育?これは虐待ではないと言えるのだろうか。


その行為が教育なのか、虐待なのか。この線引きは実はとても難しい。特に犬の場合、日本の動物愛護法では表現があいまいすぎるため、よほど残忍な内容であったり、命に係わるような内容でない限りはまず法律的に裁かれるようなことはない。

人間の教育現場においては、どこからが教育の範疇を超えるのか目に見える形にしている。例えば学校教育の場合は文部科学省が学校教育法というルールを作り、どこからが体罰や行き過ぎた指導に当たるのかを明確化している。

ただ人によっては学校教育に体罰も時には必要だろうと思う人もいるかもしれない。それはきっと現場で働く教師も。罰といっても怪我させるような体罰ではなく的確な懲罰だったとして。遠回しな方法よりもその懲罰を用いた方が生徒の心に響き、今後の良い経験になるとしたら。そしてその教師はその適切な懲罰を使える技量がある人だとしたら?きっとその罰は倫理的に問題ない方法なのかもしれない。
ただそういった体罰そのものを時折に認めてしまっては判断基準がなくなってしまう。
必要な罰もあるかもしれないが、それよりも体罰そのものを禁止する教育現場が社会的に正しいと判断したからこそ、厳しいルールを作っているのだと思う。

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話が逸れてしまいましたが、
犬の場合はまだそんなルールそのものがほとんど作られてすらいない。日本の動物愛護法は基本的に「動物をみだりに」殺したり傷つけた場合は罰則があります。みだりってなに!って突っ込みをしたくなるかなり曖昧な表記。

今は散歩など外出へ連れて行かなくても、庭にずっと繋いだままでも、ケージに死ぬまで入れたままでも、食事と水を与えて、そこそこ不衛生にしておかなければ、虐待の定義には当てはまらないのが動物愛護法。多少だったら、しつけという名目で犬を殴ろうが蹴ろうがそうそう罰則なんてありません。

それはおかしい!もっと細かなルールを作るべきだ!と闘っている方々がいます。きっと法改正が進んでいけば何年、何十年後には今よりもしっかりとした基準はきっと作られるでしょう。

自分はいかなる理由があろうとも犬のトレーニングにおいて、殴る、蹴る、は勿論のこと、犬に肉体的苦痛および精神的苦痛を与える方法は虐待として認められるべきだと思います。

そうでなければ、街で殴られている犬をみかけても誰も助けてあげられない。
自分はそんな国に住みたくありません。

ただし、トレーニングにおいて罰が有効となるケースはある。体罰でなくとも、なんらかの道具を用いて犬に嫌悪感を与えることにより、問題解決に至ることはあります。しっかりとした経験、技術力、指導力があれば犬にその後のトラウマを作ることもありません。
自分自身、罰を全く使わないトレーナーではありません。この犬の場合、ここで一度罰を使ったほうが良いなぁと判断すれば飼い主さんに説明をし実践してもらうことはあります。ただその罰は計画的におこない、効果がなければすぐに中断します。

それらは効果的な手法であろうが必要悪。決して正義になってはいけないグレーゾーンだと思っています。だから堂々と公衆の面前で見せられるものではありません。

罰を用いた手法はあくまで選択肢の一つ。
フードを多量に使う手法のトレーニングや体罰を使わない方針のトレーニングなどが犬の教育にとって適切ではないケースはある。でもそういった犬の頭数をはるかに超える数の犬たちが体罰を使わない方向性のトレーニングで良い子に育ったり、問題行動を改善することが出来ているのは紛れもない事実です。それは正解中のドッグトレーナーが証明できる事でしょう。

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どうか日本社会は愛護法を厳しくして、体罰や犬に苦痛を与える教育の一切を否定する国になっていってほしいと心から思っています。
例え鋭い牙を持っていたとしても、犬は人より弱い立場の生き物なのだから。


posted by 安田和弘 at 22:27| Comment(0) | ドッグトレーニング
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