2018年07月11日

犬に善悪はあるか?

人間界の暮らしには善悪、道徳心というものが欠かせない。
他人を傷つけてはいけない。人の物を奪ってはいけない。無断で人の所有地に入ってもいけない。
これらは全てしたら悪い事。場合によっては法の裁きが下る。
相手が傷つくことをしたくない、傷ついてほしくないという気持ちは善意と言えるのではないだろうか。
今回はそんな犬の善悪について。果たして本当にあるのかを考えてみたい。

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犬の善悪を問う時。どんな状況があるだろう。
日常のなか実際にあった相談を例にすると、

@飼い主が大事にしていたお財布を噛み壊した。
A普段は失敗しないトイレを留守の間に失敗した。
B人に咬みついて怪我をさせた。

あ、@は自分の経験でした。ビーに壊されたボロガリの財布・・・。

相手が大切にしているものを壊す。嫌がらせで部屋を汚す。相手を暴力によって傷つける。
どれも善悪で言うところの悪と言えるかな。

善悪が犬にあるとすれば、犬にこれは悪い行為と教える必要がある。飼い主は悪意を善意に変えなければいけないと思うかも。

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人間界では悪意によって相手を傷つけた場合はペナルティー「罰」が与えられる。起こった出来事に対して厳しく犬を叱るかもしれない。
悪意を更生させるにはと日常から常に厳しく接することをする人もいるかもしれない。


自分は一トレーナーとして、
一犬と共に暮らす飼い主として、
犬に人間が思うところの善悪はないと思う。

A留守番中の排泄の失敗も嫌がらせのようだとよく言われることだけど、
「よくもオイラを置いて出かけていったなぁぁ!腹いせにトイレシートから後ろ足だけはみ出してオシッコをしてやる!後で掃除するときに困る感じにしてやるぜぇ!」

みたいな?解釈としてちょっと無理があるのではなかろうか。

それよりも飼い主に置いて行かれた状況下で不安定になりトイレシートの上でする行動が崩れた、のような推測の方が自分はピンと来る。

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そもそも今回のような哲学的なテーマを自分が語るのはおこがましいが、善悪の概念には、自分の行動を悔い改める、「反省」というものがあってこそだと思う。
あのとき、行動しておけば良かったなぁとか。傷ついている相手を見て言い過ぎてしまったなぁとか。
自分の過去の行動を悔やんで次に活かそうとすることこそが人間らしい、人間ならではのものだと思う。
動物は過去の行動を反省するというより常に今、このときを生きている感じ。

人間の方がひょっとして犬よりも未完成な存在なのかも。
動物世界のコミュニケーションの方がシンプルで合理的。争いを避け平和に過ごす方法も、人間が邪魔しなければ確立されている。そして人から見たら冷たく感じるくらいの他者への割り切り方もハッキリしている。

人間世界の方が複雑で底が見えないくらいややこしい。仲良くしようと思っても争うことになったり。騙し合い争う。そんな世界だからこそ善悪といった道徳心が必要なのかもしれない。

善悪の概念が犬にもある。悪いおこないをしている、という人間側の解釈は

・罰の肯定化。
・実際に問題解決の策を考えない。

という2つの問題点があると思う。

悪いことをしたのだから、それはいけない事なんだと教えるため罰を与えよう。
こういう罰を使うことは正しい、必要な教育だ!みたいな感じで善悪を言う人は苦手。
自分もトレーニングにおいて罰を使うことはあるけど、それは学習理論に基づいた、罰という嫌悪刺激を使うことで一時的に行動の頻度を減少させる効果を狙って使用するのであって、善悪を基準にしたものではない。

罰を使うことを正当化するような感じはどうにも違和感がある。


そしてもう一つ。悪いと分かってやっているという考えの最大の落とし穴。
それは犬が悪いからという事で人間の方がなにも努力をしなくなってしまうということ。
この犬は本当は分かっているのに悪意があってわざとやった。
このような解釈をしてしまったらあとは犬を注意するくらいしかやることがなくなってしまう。

犬が悪いと、簡単に犬を見限らないでほしい。
犬は人間と違う生き物。人間の価値観の外にある存在なのだから。

なぜできなかったのだろう、次はどのようにすれば良いんだろう。考えることを諦めないでほしい。
犬に変化を与えられるのは共に暮らす飼い主だけなのだから。

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犬に善悪の概念があるか。それは学者にだって機械にだってハッキリとは分からない。
自分たちは動物を観察し推測することしかできないから。
ただ、その答えは人から見た常識とは違っているのかも。
そんな人の常識に当てはめるより、まずは犬という動物を人が学ぶ事の方が共に暮らしていくためには大切。


人と犬。まるで違う生き物同士のはずなのに、共に暮らしていると喜びや悲しみを共有し通じ合えることがある。
当たり前に思えるけど、それはたぶん本当は奇跡のような事で。
そんな奇跡があるから、人は犬を愛おしく感じるんだと思います。

posted by 安田和弘 at 11:16| Comment(0) | ドッグトレーニング