2018年02月06日

体罰は教育に必要か

少し前ですが・・・。
とあるテレビ番組で犬の訓練士さんが紹介されました。
攻撃性を持つ犬の行動修正を専門とする訓練士さん。飼い主が大けがをしてしまうほどの咬み方をした犬や、もう手におえなくて保健所に連れて行こうかと悩むような犬を預かり訓練をする。その人に密着したドキュメンタリー番組。

その訓練の内容や訓練士さんの考えは視聴していた飼い主や同業者たちから物議を醸しました。自分は再放送でその番組を見て、その後の反響などを調べました。そしてここ数日のなんとも言えないモヤモヤ感。

ブログに載せようか迷ったけれど、連日番組のことを聞かれるのでやはり今回はこの番組について自分が思ったことを書きたいと思います。

まず訓練士さんがおこなっていた訓練方法。
行動分析学に基づく家庭犬のトレーナーさんたちは否定的。そりゃ、犬を打つは叩くはでは認めようがないでしょうね。
擬人化しての例えは良い方にも悪い方にも錯覚、洗脳のような効果があるのであまり今回は書きたくないけど、あの訓練を擬人化して説明すると、
更生させたい相手の耳をいきなりつねって、それに対して自分を殴ろうとしたら、耳をつねるよりも更に痛いように殴る。それを何度も繰り返すことによって耳をつねられても反撃せずに我慢することを学ばせる。
そうやってわざと相手の攻撃性を出させてそれを潰す。簡単に言うとそういう訓練。

ただ自分はその訓練法が全て間違っているとは思わない。正直過去に似たような事をやったこともある。咬んできている犬に怯まず対峙することの恐怖や感情の高まりも求めらるメンタルも知っている。
ただしあくまでツールボックスの一つとして存在しているだけで、それが、いやそれしか選択肢がないという状況が来ない限りは決して使わない。

理由は三つ。
一つ。それよりも犬に負担をかけない方法や暮らし方が多くあるため、なるべく犬に負担をかけないトレーニングをしたいと思うから。
二つ。自分は飼い主さん自身が犬のトレーニングをすることが大切だと考えている。あの訓練法を飼い主にやってもらう事は不可能に近い。
そして三つ。自分がおこなうトレーニングの形態ではまず効果がないから。
強い罰を使う場合、その後のフォローにはかなりの時間、または日数がかかる。
90分のトレーニングではそのフォローができないため、ただトレーナーとの関係が悪くなるだけという結果になってしまう可能性が高いため。今回の訓練所のように1年間といった長い期間の預かり訓練だからこそ可能だと思われる。


とここまでが前置き!!
実は今回ブログを書こうと思ったのはこの訓練法についてではないんです。

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自分がショックを受けたのは世論の声。
あの番組を見た視聴者の大多数があの訓練士さんに肯定的だったこと。SNSなどを見ても同業者を除けば半数以上の人たちが内容に共感的だった。

普通に考えれば動物を殴ることなんて認められるはずがない。
ただ今回「咬む犬」「殺処分」この二つの言葉によってモラルが変わってしまった。

咬む犬は殺処分。それを治すための体罰は正義。
それをもしも言うのなら、当事者のみが言える言葉だと自分は思う。

そもそもあの番組構成では咬む犬がほとんど殺処分されているみたいに思われがちな作りだが、実際飼い主が入院しなければいけないほどの攻撃性が出ても、手放さず共に暮らしている飼い主は大勢いる。
また体罰を使わない限り、咬む犬の明日はないみたいな進み方も問題。
先ほど書いた通り、そういった犬もいるだろうが、その数よりも多く体罰を使わないで攻撃性の問題解決をしたケースは山ほどある。

それに番組で出てきた柴犬は具体的にどのようなことをして咬んだのか理由も一切紹介されていない。見ていた視聴者は番組の構成に惑わされて、この犬にはもう殺処分しかないと思い込んでしまいがちだが、本当は咬む癖を出さずに折り合いを付けて過ごす方法もあったかもしれないし、犬歯切断術をするといった選択もあったかもしれない。トレーナーも地域によっては手法が偏りがちだが、もっと範囲を広げて探せば人道的に問題解決できる人に出会えたかもしれない。
もうこの訓練しかないというのは見ている人の思い込み。これはあくまでテレビ番組。
真実は当事者たちしか知らない。

あの番組は動物を叩くことを一つの正義として視聴者を認めさせてしまった。
それが許せない。

安易に体罰を真似をする人、叱らない育て方に懐疑的になってしまう人も増えるだろう。半端に厳しくされて育った犬ほどまずいものはない。

体罰は悪。使わなければいけなかったケースが仮にあったとしても、それはあくまで必要悪。決して正義ではない。正義として認められてはいけない。
そのモラルが崩れてしまったら、日本はまた過去に逆戻り。
世界から見て動物福祉の遅れた後進国。野蛮な国だと自分は思う。

教育に体罰は不要。人の教育はそのように変わってきている。それは教育現場だけではない。罪を犯した犯罪者でも、精神疾患を患った患者でも、親子の関係だろうとも、体罰があって当然という時代はもう終わったはず。そこには人も動物もない。
まして人に飼われた動物は人よりも弱者。傷付ける牙を持ってはいても、善悪の概念はない。言語も通じなければ、自身で未来を選択することもできない。か弱い存在だということを忘れてはいけない。

今回間違ったモラルを伝えようとした番組と、それを認めてしまう風潮に、自分は気持ち悪さと危険を感じています。

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posted by 安田和弘 at 13:40| me